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やがて三月になり、千春の引っ越し前日の夕方。
何気なく隣の部屋を見たら、ドアが開いたままになっていた。
夕陽の差し込む部屋の中は、私の知っている千春の部屋じゃなかった。
置いてあったものが綺麗に片づけられ、段ボール箱がいくつも積み上げられていた。
私はふらふらと、誰もいない部屋に足を踏みこむ。
私たちが小さい頃、二つの部屋の間に壁はなかった。
私たちは一つの部屋でベッドをくっつけ、並んで眠っていた。
「小春……そっちにいってもいい?」
怖がりだった千春は、夜になると必ずそう言って、私の布団にもぐりこんできた。
「千春は怖がりだね」
「小春が怖い話をするからだよ」
「じゃあまたしてあげようか?」
むすっとふくれた千春が、私の脇の下をくすぐってきた。
「きゃははっ、やめてよぉ、千春!」
「うるさいっ、小春が意地悪言うからだ!」
二人で遅くまでふざけて、いつもお母さんに叱られていた。
そんな経験は、誰でも一つや二つ持っているだろう。
そしてそれは、大人に近づいていくうちに、懐かしい思い出に変わっていく。
家族への愛情を、恋人への愛情にすり替えて、大人になっていく。
なのに、私はまだ、行き場のなくした想いを、両手に抱え込んだままなんだ。
力が抜けて、すとんっとベッドに座りこんだ。
私と同じベッドに、私と違う色の布団。
指先でそっと撫でたら、胸の奥から何かが溢れて止まらなくなった。
「うっ……」
両手で顔を覆って、背中を丸める。
本当はもうわかっていた。
私が誰と付き合っても、うまくいかないこと。
誰かを好きになれないこと。
それは私が、千春を――
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