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十分ほど待っていたら、傘をさした男が私の前に現れた。
「ほら」
手に持っていたもう一本の傘を、ぶっきらぼうに差し出す。
私の花柄の傘だ。
それを受け取りながら、私は笑顔を見せる。
「ありがと、千春」
千春はふいっと横を向き、怒ったような口調で言う。
「ったく、人使い荒い、姉貴だな」
「私の弟は優しいなぁ」
千春が何も言わずに歩き出した。
私は暗闇の中に傘を開き、千春のあとを追いかける。
「今日の夕飯なんだった?」
「カレー」
「えー、またぁ?」
「またとか言うな。母さんに作ってもらってるくせに」
千春の言うことはもっともだ。
「わかってるよー、でもお母さんのカレー、甘ったるいんだよねぇ」
「いいんだよ。俺は甘いのが好きなんだから」
「千春はいつまでもお子ちゃまだよね。今度彼女が遊びに来たら、言ってやろっと。あなたの彼氏は、甘口カレーしか食べられないんですよーって」
足を止めた千春が、こっちを見た。
私と似ていて、ちょっと違う顔が、不満げに歪んでいる。
「別れたから」
「へ?」
「彼女とは別れた」
それだけ言うと、千春はまた歩き出す。
私は少し足を速め、千春の隣に並ぶ。
「そうなんだ。あいかわらず早いね。二か月? 三か月くらいは付き合ったっけ?」
千春が前を見たまま、面倒くさそうに口を開く。
「そっちは?」
「え?」
傘の影から、私より背の高い千春を見上げる。
「彼氏はどうしたんだよ? いつも送ってもらってんだろ?」
「あー、今日別れた」
「……またかよ」
ため息をつく千春の隣で、へらっと笑う。
「私たち、似たもの姉弟だね?」
「一緒にすんな」
冷たい雨の夜。私の隣を歩く千春。
だけどこの距離が縮まることは決してない。
私が彼氏と別れても。千春が彼女と別れても。
私たちはこの距離を保ったまま、歩き続ける。
私たちは血のつながった、双子の姉弟なのだから。
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