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――私は、たった1人しかいない父親から産まれた。
産まれた瞬間からの記憶があるのは、私が普通の存在ではないからだ。そして勿論、たった1人で産んだ父親も普通ではない。
「よかった、さぁ、これを食べるんだ」
この世に産まれたばかりで、初めてだらけの世界を目にした私に父親が差し出してきたのは卵の殻。お腹がペコペコで仕方がなかった私は何の疑いもなく口を開けた。一目見て、この大きいものが親だとわかったから。でも、差し出されたものを口に入れたら、何も味はなくて、歯で噛まないと口の中でチクチクするもので、私は痛くて泣いた。だけど口に押し込まれたからには出すわけにはいかなくて、お腹も空いて仕方がなかったし、一生懸命噛み砕いて飲み込んだ。一瞬の地獄だったけど、私には永遠の地獄のように感じた初めての食事。一生忘れられない食事の血生臭さに何度もえづきながら飲み込んだ私を見届けた父親は、心底安心した光を目に浮かべていた。
「ああ、これで俺の役目が終わる。娘よ、頑張ってくれ」
そう言って幸せそうに微笑み。
翌日、父は安らかに息を引き取った。
そして同日、私は掌程度の卵を産んだ。
その時の私はまだ小さくて、動物の大きさに例えるとヒヨコというものと同じぐらいの大きさらしかった。だから、卵は米粒くらいだった。今の私の掌だと、リスぐらいだろうか。その違いは、未だによくわかっていない。私は産まれてからずっと、同じ部屋にいるから。
とにかく、私の卵を見た人々は歓喜の声を上げた。
私が産まれた時、お父さんの周りにいた怖い目をした人たちが。
「よくやった」
「これならすぐに大きな子も産めるだろう」
「女だからたくさん産めるのではないか」
「ならしっかり食事を与え不自由ない生活が出来るようにしよう」
口々に言う低い声に私の小さな体は震えた。
何をされるのか、何が起こるのか、自分はどういった存在なのか。
何もかもわからなくて怖くて仕方がなかったけど、その後連れていかれたのはふわふわの綿菓子をめいっぱい詰め込んだような部屋だった。
食べて、寝て、遊ぶ。
それを繰り返すだけでいいと言われた。
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