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――私は痛みを紛らわすようにもう一度細い深呼吸をして、閉じていた瞼をそっと持ち上げた。
と。
ピキリ、と音がした。
吃驚して私の瞼が跳ねあがった。
慌てて音のした部分を見ると、空色に黒いヒビが入っていた。
大事な卵を壊してしまったかと一気に体の温度が冷えた。
パキ
ヒビが広がり、殻の欠片が落ちる。
いつも私が食べるくらいの殻が落ちて、卵に穴が空いた。
中から、小さな目がパチパチと瞬きをする。
その目と目が合った瞬間、私は守らなきゃという焦燥に駆られた。
『この子は私と同じような運命を背負わしたくない』
その思いでいっぱいになった私は、卵を撫でることで軋んでいた身体の痛みなど気にならなくなっていた。
――あの気持ち悪い人たちの中で、低い声が言っていた。
「もっと肉付きがよくなったその時は是非我々のお楽しみ用に――」
その意味がわかってしまうほど知恵をつけてしまった私は、もうこれ以上この生活は長く続けられないとこの瞬間察していた。
逃げよう。
それには、足がいる。
人魚である私には足がない。尾ひれと鱗のみという魚の下半身しか持ち合わせていない。だから、水の中に入るのも、ベッドの上で寝転ぶのも誰かの助けがないとできない。人魚の能力を熟知している人々は私の力が強くならないよう海水に入れさせてくれないし、喉が渇いたら水はくれるけど、必要最低限だから私は卵を産む以外は食べる、寝る以外何もできない。
でも、私は知った。
水や海水よりものどを潤し私に力を与えてくれる液体の存在を。
お肉をナイフで切る時に誤ってケガをした給仕の人がいた。
その血が落ちた肉は、美味しくて、1分だけ私を人に変えた。
だから私はステーキナイフを持って、呼び鈴を鳴らす。
空色の卵がパキリと音を立てた。
もうすぐ、出てくる。
出てきた時、必ずお腹が空く。
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