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「待っててね……今、ご飯を持ってきてもらうからね……」
私は愛しさを込めてパキリ、パキリと音がする卵を撫でた。
***
人魚が消えた。
そう使用人から聞いた時は「何を馬鹿なことを」と鼻で笑ったが、あまりの血相と震えに疑問を感じ念のため部屋を見に行った。そうしたら本当にいないどころか、その部屋は儂の記憶にあるものではなかった。
開け放たれた扉と、その付近の床にはおびただしい赤い足跡と手痕。
中を覗けば、真っ赤に染まった白だったはずのベッド。
その上に水たまりでも出来たかと見間違うほど綺麗な空色をした何かの破片の塊。
鏡にも出来るぐらい綺麗だったはずの床には、赤い水たまりと、その上で倒れる使用人数名の姿。
その首には、何かに噛みちぎられた跡があり、手足や頬、首は水分を失ったかのように干からびていた。
「……人魚が、食ったのか?」
儂に知らせに来た年老いた使用人が頷く。
「ふざけるなぁあああ!」
怒り任せに怒鳴り、赤い足跡、手痕を辿って大股で歩く。
逃げたとはいえ、ずっと部屋に閉じこもってた身体だ。そう簡単に遠くへは行けまい。そう思っていたのに、足跡と手痕は段々と離れていき、儂の大股より大きな歩幅で屋敷の出口へ続いていた。必死にたどって、追って、それが屋敷の裏手にある砂浜に向かっていると気付いて走った。
身体が重い。
何故儂が走らにゃならんのだ。
そうだ、さっき生まれたばかりの人魚を焼いて食ったせいだ。
あれは上手かった。
最後の晩餐にしたいほど脂がのっていて噛み応えのある肉だった。
また食べたい。
それにはあの人魚がいないといかんのだ。
早く捕まえねば。
そう思って使用人共も走らせたのに、あろうことかそいつらは海を眺めて呆然と突っ立っている。
その姿が知らせるのは、言われなくともわかってしまい儂の頭は怒りでどこかへ吹き飛びそうだった。
「畜生ぉおおおおお!」
水の中に潜られては、もう探せない。
人魚は人間がいけない深海まで潜れるから。
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