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黒沢に謝ることも出来ないまま、数日が過ぎた。卵は目に見えて大きくなって、今や両手でしっかりと持たないと零れ落ちてしまいそうなほどだ。
時々、中からコツコツと音がすることもある。
だが、相変わらず黒沢とは話せずにいた。家に来ることも無くなってしまい、一人寂しく卵を見つめる毎日が続いている。
こんなはずじゃなかったのに。あの時、自分がそんなことないと思う。ときちんと言ってやればよかった。
男でも、女でもどっちが好きでもいいじゃないか。
僕は黒沢のこと嫌いじゃないよ。と、伝えていれば、今も一緒に笑い合えていたのかもしれない。そう思うと胸が締め付けられるように痛んだ。
そんなある日の事。真央が教室に入ると、いつも以上に教室が騒がしい事に気が付いた。教室のあちこちでヒソヒソと噂話をする声が聞こえて来る。
何だか嫌な雰囲気だなぁと思って前を見てみると『黒沢ホモ説!』と大きな文字で書かれているのが飛び込んで来る。
酷い。なんでこんな事するんだ……!
早く、消してやらなきゃ。これ以上黒沢が傷付くのは見たくない。
咄嗟に身体が動いていた。カバンを置くとすぐさま黒板消しで消していく。白っぽい痕が残るけれど、あんな見苦しい文字が残るよりかははるかにマシだ。
「おいおい、アリスちゃんなんで消すんだよ。もしかして、お前、アイツの事好きなわけ?」
背後でクスクスと嘲笑う声が聞こえる。振り返ると南を含む、数人の男子生徒がニヤついた笑みを浮かべて立っていた。
悔しくて唇を噛んだ。なんでお前達にそんな事を言われなくちゃいけないんだと怒りがこみあげて来る。
「そうだね、こんな小学生染みた悪戯をするような低脳な君たちより、黒沢くんの方がずっと素敵だと思うよ」
「なっ!?」
思い切り相手を睨みつけてやる。本当は泣き出したい位に恐ろしかった。
それでも、これ以上彼を傷つけたくは無かったし、今言わなきゃいけないと思った。
こんな事をするような友達なんて自分は要らない。
黒沢はもっと優しいし、面白いし、一緒に居て楽しい。自分が友達になりたいと思うのは彼だけだ。
「そうだよ、いくら何でもこれはやり過ぎ!」
今まで黙っていたクラスメートの一人が声を上げた。それに呼応するように周りからも非難の声が上がる。
「ち、ちょっとした悪ふざけじゃねぇか!」
「南くん。君にとってはちょっとしたことかもしれない。だけどね、それをされた方は一生心に傷が残るんだよ」
真央が口を開く。すると、南は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
普段は大人しい真央が反論してくるなんて思ってもみなかったのだろう。
きっと、これでもう自分の高校生活は終わってしまった。
明日からは自分が南から嫌がらせを受ける番かもしれない。そう思うと目の前が暗く沈んでいくような気がした。
でも、不思議と後悔はしてない。 生まれて初めて、自分の言葉で言い返したんだ。
「っ、ありがとう」
何処からともなく声がして、真央はハッと顔を上げた。
いつの間に教室に来ていたのか、黒沢が真央の隣に立っていて泣き笑いのような顔で真央を見ていた。
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