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俺が臨戦態勢に構えると、ショウも同じように構えた。
互いの間合いを計りつつ、円を描くように俺たちはジリジリと足を動かす。
買い物かごを持ったおばさんが横からひょいと玉子のパックを一つ持っていった。馬鹿な。どうしてあのおばさんは良くて、俺は駄目なんだ。
瞬間、ショウが一気に距離を詰めてきた。意識をおばさんに持っていかれていたため反応が遅れてしまったが、なんとか応戦する。
互いの拳をぶつけ、躱し、いなしては攻撃に転ずる。一進一退の攻防。実力はほぼ互角。
「俺についてくるとは、なかなかやるじゃないか」ショウはニヤリと笑った。
「ふっ。そっちこそ」俺も口角を少し上げた。
二人の昂ぶった感情が交錯し、まるでダンスを踊るようなリズムを奏でている。永遠にこうして拳を交わしていたい、という感情すら芽生えてくる。
膠着する戦闘。どちらかが力尽きるのが先か、それともスーパーの閉店時間が来るのが先かと過ぎった瞬間、動いたのはショウだった。
「少し、ギアを上げるか」
「なにっ?!」
まさか、まだ本気じゃなかったのか?!
ショウの背中に陽炎のように揺らめくオーラが見えた、気がした。
驚いている隙を突かれ、ショウの姿が視界から外れる。視線を動かそうとした瞬間にはショウは俺の胸元に居た。
「遅い」
素早く印を結ぶショウの手元が光り輝いた、気がした。
「邪龍炎龍黒龍撃ぃっ」
なんだか龍の字の多い技名の叫びと同時に俺の体が吹っ飛ばされる。
後日学校でショウに聞いてみたら、なんか気合で三頭の龍を出現させて相手を必ず殺すって凄い技らしい。龍も見えていないし、殺されてもいないが。
どすっと鈍い音とともに、呻き声を上げて俺は床に倒れる。
「終わったか」
それだけ言うと、ショウは疾うに敗北者の俺から興味を失ったかのように背を向けた。なんとか立ち上がり反撃をしたいが、体に力が入らない。
「ひ、一つだけで良いんだ。玉子を、玉子を分けてくれないか。母さんとの約束なんだ。買って帰るって、約束したんだ……っ」
ショウの足元を見ながら、情け無く俺は言う。
「惨めだな」
なんとでも言え。俺は目的さえ達せればそれで良いんだ。母さんのお遣いという目的を、な。
「負け犬に掛ける情けなんて無い。立ち去れ」
クラスメイトの俺が誇りを捨ててまで懇願しているというのに、ショウはこちらを一瞥することもなく言い捨てた。
「くぅっ」
俺は悔しさから奥歯を砕けかねない力で噛む。しかし、今の俺の実力でショウを倒す方法も、玉子を手に入れる方法も思いつかない。このままおめおめと帰ろうものなら、確実に母さんに叱られてしまう。
ショウを倒すために策を巡らせるが、焦ってこんがらがった頭では何も思いつかない。
ただ、時間だけが過ぎていく。目を瞑ると、玉子を待ちわびる母さんの顔が思い浮かぶ。どうして、俺はこんなにも無力なんだ。お遣い一つ熟せないなんて。
ふと、店内に流れる軽快なBGMの音量が下がり、代わってあるアナウンスが耳に入った。俺はそのアナウンスの内容に目を見開いて驚いた。
「ま、まさか、お前……?」
震えながら、恐る恐る尋ねる。これが、ヤツの狙いだったとでも言うのか?
「その、まさか、さ」ショウがニヤリと笑う「この時を待っていたんだ」
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