玉子を求めし者たち

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『えー、只今の時間より、玉子売り場にてタイムセールを始めさせていただきます。お一人様一パックまで……』 「俺はタイムセールの守護者だっ!」  バッと立ち塞がるように両手を広げ、アナウンスに負けない大声でショウは叫んだ。  そうか、タイムセールといえば売り切れ必至の奪い合いだ。よく母さんもあれは戦場だと言っている。その戦場で一人でも玉子の購入者を減らし、競争率を減らすために妨害しても俺を妨害してきたのか。他の客を妨害したら店員に密告されて追い出されてしまうかもしれないから、あえて俺だけを狙って。  そして、母さんも母さんだ。恐らくタイムセールが行われることに目星をつけていて、奪い合いになっても子供なら他の客も無理やり弾き出しはしないだろうと、こんな時間にお遣いを頼んだのだ。  すべてが理解できたからと言って、状況が好転したわけではない。タイムセールをけしかけるアナウンスが、押し寄せる他の客が、減っていく玉子たちが、俺を更に焦らせる。  ま、まずい、早く玉子を手に入れないと、玉子を買いそこねてしまう。いっそショウが立ち去ってから玉子を手に入れればいいと思っていたのに、これでは本格的に母さんに怒られてしまう。 「こ、この野郎ぉぉぉ!」  力を振り絞って立ち上がり突撃するが、一度敗れた相手に無策で敵うはずもなく、簡単に押し返されてしまう。何度も立ち上がり、何度も突撃する。しかし、俺の力はショウどころか、他の買い物客にも遠く及ばない。  いつしか、床に倒れたまま動けなくなってしまった。身体が、心が、魂が折れてしまった。  もう、こいつには、勝てないのか?  すまない。母さん。 「もう良いよ。お兄ちゃん」  ふと声が聞こえて、俺は目を開いた。一人の女の子が傍に座り、俺の手を掬い上げて握った。 「お兄ちゃんはもう十分頑張ったよ。だから、戦わなくて良いんだよ」  潤んだ瞳で見下ろしてくる女の子に、俺は訝しげな目を向ける。  何を言っているんだ、お前は。  お前の兄はショウだろう。  この子はキョウカ。ショウの妹で小学三年生。よくショウの後をついて回り、俺とも一緒になって遊んでいる。ショウに感化されたのかどうなのか、ドラマチックな展開になりそうな方に付こうとする変な子だ。 「もう、苦しまなくて良いんだよ。ほら、玉子はわたしが手に入れたから」 「ほ、本当かっ?」  でかしたっと俺はキョウカの肩を掴んだ。嬉しそうに笑うキョウカ。  その手には玉子焼きの惣菜パックがあった。  俺は落胆して肩を下ろす。その意味が分からないのか、キョウカはキョトンとした顔で小首を傾げた。  違う。そうじゃないんだ。母さんは生玉子を頼んだのであって、玉子焼きは頼まれていないんだ。玉子焼きはもう何者にも変われない。既に玉子焼きになってしまった玉子には、自由がないんだ。 「ありがとう。でも、違うんだ」  ねぎらいの意を込めて、キョウカの頭をぽんと優しく撫でる。そして、満身創痍の体を奮い立たせ、立ち上がった。 「俺が欲しいのは、それじゃない」  ショウを睨みつけながら、ビシリと指をさす。 「あいつを倒した後で手に入れる玉子さ」  ショウを倒す方法なんて一つも思いついていない。体だって立ち上がるのが精一杯。空元気も良いところだ。でも、女の子の前で格好を付けられないなんてダサすぎるだろう。  そんな俺の態度が気に食わなかったのか、ショウは険しい顔でこちらを睨む。さて、どうしようか。
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