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二話
校内を歩き、知っている生徒や先生を捕まえては、「オレが一人かどうか」と尋ねた。みんな怪訝な顔をしつつ答える。
「どう見てもお前だけだろ」
泉野の家に向かう。一階は酒屋を営んでおり、二階と三階が住居だ。
営業中の店で、彼女の父親が忙しそうに働いている。タイミングをはかって声をかけた。
「泉野さんと同じクラスの那須ですけど、彼女は帰ってますか?」
すると彼はガタイのいい体を丸め、沈んだ様子で答えた。
「あの子はおそらく母親のところでしょう」
「え、でも」
「すみれには父子家庭がつらかったんです。母親と暮らすほうが、幸せに違いありません」
父親はそう言いながら、生きがいを失ったような表情だ。隣にいる彼女が唐突に叫んだ。
「お父さんのバカ!」
クルッと背を向けて走り去る。オレは父親への挨拶もそこそこに、彼女を追った。
泉野は走り疲れて用水路の柵に片手をついた。
「……ごめんね、ヘンなとこ見せちゃって。お父さんとケンカしたの。『離婚して申し訳ない』ばかり言うから、つい『私はいないほうがいいんでしょ!』って」
彼女の声が震えた。
「そうすれば、お父さんは自分を責めなくなるかな、って。私は一緒にいたいのに」
「それは伝えた?」
「ううん。もし仕方なく私を引き取ったんだったら……」
「あの人、淋しそうだった。泉野が大事すぎて、本音が言えないんじゃないかな」
彼女はポツリとつぶやいた。
「私が逃げてばかりだから、神さまのバチが当たったのかな」
「なにかがズレただけだよ。このままでいたくないだろ?」
「……分かんない」
「諦めないでほしい。不安だろうけど、糸口を探すことはできる」
泉野が振り返り、泣きそうな顔で見つめる。
「元に戻ると思う?」
「オレは泉野が見えるから」
「……家に帰るね。明日もちゃんと登校する」
「そっちのクラスに顔だすよ」
「うん」
なにをどうすればいいのだろう。でも希望を捨てずにいたい。オレは「大丈夫」と自分に言い聞かせながら、彼女を見送った。
* * *
翌日、一時間目が終わったときに隣のクラスへ赴いた。次の授業が特別教室らしく、生徒が続々と出て行く。
泉野は席で頬杖をついていた。オレが近づいてもなにも言わない。
「泉野はオレの前にいるよ」
「……うん」
パソコンであれこれ検索をかけたが、彼女と同じケースは見当たらない。
隣のクラスの担任に話を聞く。父親に連絡を入れたが、返答は「母親のところにいる」。確認を取るよう頼んでも、生返事をされるそうだ。
オレの横に泉野がいると言いたかったが、証明できない。ほかの親戚の家にいるのかも、と匂わせることがせいぜいだった。
昼休み、資料室の前で話をする。
「霊視できる人に見てもらうとか」
泉野は元気をなくしている。オレは苦し紛れに言った。
「お母さんのところに行くのは?」
「……会いたくない」
「じゃあ従兄弟とか」
泉野は返事をしない。五時間目の予鈴が鳴った。相手がフラッと離れる。
「ごめんね。がんばってくれてるのに」
オレは思わず彼女の手首をつかんだ。驚いて振り返る相手に、自分の無力を知りながら訴える。
「こうして、さわれてる」
泉野は遠い目でオレを眺めた。
「私、このままでもいい、ってすこし思ってる」
「えっ?」
「でも那須くんに迷惑だね」
なにも言えないまま本鈴が鳴り、彼女はするりと去っていった。
* * *
放課後、隣のクラスに向かう。
迷いが芽生えた。つらい顔ばかりさせている。迷惑なのは自分じゃないか?
普通の生活を送るオレに、泉野の気持ちは分からない。接することで彼女を追いつめるのでは。
ドアのそばでためらっていると、泉野が通り過ぎた。オレに気付いて立ち止まる。
帰るつもりだったのだろうか。彼女が申し訳なさそうな顔でうつむく。オレは悩んだあげく、小声で言った。
「行こう」
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