いつもの朝

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「母は…ご迷惑をかけたりはしていませんか?」 「はい、この頃は落ち着かれてますよ。」 「良かった…。」 絵里はホッと胸を撫で下ろした。 「お嬢さんが持ってきて下さったアレ… あのお道具のおかげだと思います」 「ままごとセット、ですか?」 「最初はどうして朝だけあんなに暴れるのか、 私たちにも検討がつかなかったので…。助かりました」 絵里はガラス窓の向こうの無機質な部屋の中で 楽しそうに過ごす母の姿を見ていた。 「朝ご飯のルーティンだけは忘れないみたいで…」 母の目の前にはままごとのセットと 食品サンプルの目玉焼きがお皿にあった。 「目玉焼きのサンプルが特にお気に入りのようですね」 「死んだ父の好物なんです」 絵里はそう言って目頭を少しハンカチで押さえた。 こみあげる涙がこぼれてしまいそうだったから…。 あの日の朝、いつまでも起きてこなかった父は 美味しそうに出来上がった目玉焼きを食べることなく 布団の中で冷たくなっていた。 突然死、だった。 そしてその出来事は 母の思考をあの朝で停止させてしまった…。 「たかしさん、仕事に遅れちゃうわよ〜」 母の目には壁の向こうに寝ている父の姿が 見えているのだろう。 「山野さ〜ん、お薬の時間ですよ〜」 看護師さんが優しく声をかけながら部屋に入っていく。 「やだ、そんな時間?夫を起こさないと」 「私も旦那さまに声かけますから大丈夫ですよ」 看護師さんに肩を抱かれてベッドに戻った母の目は どこか焦点の合わない無感情な状態になっていた…。
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