告白

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告白

音がする。 ...ああ、遠坂の鉛筆の音だ。 もう聞きなれた音に微睡みからゆっくり浮上していく。 ベッドボードの上の淡いランプだけの優しい光に目を開けた。 肩をほんの少しだけ出して、美桜は掛布に包まれて眠っていた。 横向きで目を開けた正面。 ベッドの下に胡座をかいた遠坂は、絵を描いていた。 ズボンだけみにつけた姿で、スケッチブックに目線を落としている。 絵を描く遠坂をこの角度から見ることなんてなかった。 乱れて流れた前髪のおかげで、その表情はよく見えた。 真剣な、でも透き通った表情は綺麗だ。 ...ゆっくりと遠坂の視線があがった。 まだ寝ぼけた美桜の視線とかち合う。 「...お腹...すいてませんか...多分、お肉はダメになっちゃったけど...」 先程までの照れ隠しに、美桜は囁いた。 遠坂の目が、甘く微笑む。 ぽんとスケッチブックと鉛筆を脇に置いた遠坂が、床に片手をついて近づいた。 半分枕に顔を埋めた美桜の頬にキスをする。 「...ふふ、絵は...もういいの?」 頬をなぞる遠坂の唇。 「美桜が起きた...もう描かない」 声の振動は伝わっても、美桜の言葉は聞こえていない。 そのはずだった。 「.........え?」 その返しの明確さに、美桜の思考は一気にクリアになった。 「...美桜を見ていたかっただけだ、もう、描かないよ」 低い声は、長く話すと色気を含み、鼓膜を震わせた。 「...遠坂、さん?」 「...俺は、ろう者じゃない...騙していて、申し訳ない」 ほんの近くで遠坂と目を合わせた。 美桜は言葉も出ずに、驚きに目を見開く。 「...聞こえてる、全部...ごめん、美桜」 遠坂の目は、不安と、後悔と、安堵と、懺悔を混ぜ合わせた、苦しげな色をして。 「...どう、して...」 今まで、どうして。 嘘をつかれていたのだと、腹を立てる気持ちはうまれなかったけれど。 ただただ困惑していた。 何か深い意味があるのだと、慮れるくらいには彼の人間性を見てきたのだ。 美桜を騙して、楽しんでいた訳では無いと...言われなくてもわかってしまう。 「...誰とも、話したく無かったから。...もう十五年...耳が聞こえないフリをしてたんだ」 君を騙した言い訳を聞いて欲しい。 遠坂はそう言って、美桜の手を握った。
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