1605人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
旅立ち
「お姉ちゃん本当に行くの?」
丸い目に薄らと涙を溜めて、葵が美桜の腕に触れた。
今すぐ乱暴に振り払って、怒鳴り散らしたい心を噛み砕いて、微笑みを作って振り返った。
「とても空気のいい、長閑な所らしいの。楽しみよ」
行くはずじゃなかった。
本当なら、ずっとここで…忙しくしている筈だったのに。
お腹の大きな葵が、寂しいのと目を潤ませてじっと美桜を見つめている。
「元気な子供を産みなよ?健一さんと仲良くね」
早くここを出たい。
気の毒と、好奇心を混ぜた沢山の視線なんかもう感じたくない。
葵の後ろで、気まずい目をしたあの男を記憶から消したい。
小雨が降る石畳を早足で歩きながら、美桜はもう背中に注がれる視線に振り返る事はしなかった。
最初のコメントを投稿しよう!