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貴族館へ
次の日の午後。私は『貴族館』へ来ていた。昔ここで、貴族同士が集まって社交パーティーを開いていたらしいのだが、王都に住む民達から『税金の無駄遣いだ』と批判されて、すぐに閉鎖された建物だと聞いている。
最近は国の地域活性化のために改善され、国全体の若者向けに、お見合いカウンセリングを開く予定もあるらしく‥‥‥。視察も兼ねたお見合いだったが、この場所で断るのもまた微妙な気分だった。
馬車から降りると、サクフォン伯爵は既に来ており、私をエスコートしてくれた。お見合い会場となる『聖光の間』まで案内してくれると、小さめのテーブルにそれぞれ着席した。
「まさか断らないとは思わなかったので‥‥‥。驚きましたよ」
(この雰囲気で、まさか断り忘れていたとは言えないわ‥‥‥)
サクフォン伯爵は、話しながら顔を微かに赤らめ、嬉しそうにしている。テーブルへ案内されると、料理が運ばれてきた。お弁当スタイルの配膳らしく、料理を提供すると侍従やメイドは下がっていった。入り口でレベッカが、何故かこちらを向いてガッツポーズをしていたが、すぐに去って行った。
「ここは、お見合いについて悩んだり困ったりした事があったら、相談できるカウンセリングルームになる予定なんだそうです‥‥‥。美味しそうですね。いただきましょう」
「‥‥‥はい」
とりあえず食べる事にした私達は、美味しい料理に舌鼓を打った。
「そう言えば‥‥‥。忘れる前に、渡しておきますね」
私は鞄から、小ぶりのワインボトルを取り出すとサクフォン伯爵に手渡した。
「スザンヌ王妃から、いただいたものなんです‥‥‥。なんでも、魔王領産の商品を広めたいらしくて、サクフォン伯爵にも、お渡し下さいと言っていました」
「へー、スザンヌ様が‥‥‥」
スウェン伯爵は、ボトルを受け取ると微妙な顔をしながらもラベルを眺めていた。
「これは‥‥‥。デザートワインですか?」
「ええ」
「もしかして、リリア様はデザートワインだったら、イケる口ですか?」
「えっ‥‥‥。ええ、まあ。2杯くらいなら飲めますわ。私、ワインの渋みがどうしても苦手で‥‥‥。デザートワインだったら甘いから何とか飲めるんです」
「ああ‥‥‥。タンニンですね。女性は、あの渋みが苦手だという方が多いですよね。今度会う時には、デザートワインを用意しておきましょう」
*****
「いえ、あの‥‥‥。今度とか、なくて大丈夫です」
「‥‥‥はい?」
「あの‥‥‥。正直に申しまして、やはり貴方のことは好きになれそうにないのです。好きな人に振り向いてもらえないツラさは私も、分かっているつもりです。だから‥‥‥。余計に結婚はすべきではないというか、何と言うべきか‥‥‥」
サクフォン伯爵は、テーブルの上に置いていた私の手を掴むと言った。
「リリア様、何も今すぐ答えを出す必要はございません。とりあえず婚約して‥‥‥。時期を見て、婚約破棄でもいいのです。私にもチャンスを頂けませんか? 私はリリア様の事をほとんど存じ上げませんが、リリア様も私のことを知らない‥‥‥。お互いを知る良い機会だと思うのです」
(お互いをよく知ったら、そのまま結婚なのでは?)
「では婚約して‥‥‥。折を見て、こちらから婚約破棄でも構いませんね?」
「その前に、チャンスをください‥‥‥。様々な人がいるように、愛にもいろんな形があると思うんです。貴方の愛を全てくださいとは言いません。友達のような夫婦でも、戦友のような夫婦でも、1つの『愛の形』だと思うんです」
「‥‥‥私は他人の気持ちを思いやれる人でないと、人間関係を築きたいとは思えません。自分の考えを押しつける人はキライです」
「ふふっ‥‥‥。また、キライって言いましたね。押しつけませんよ、提案です。貴方と私が、この世の中で生きていくための‥‥‥。貴方だって、変な人と結婚して他国へ連れ去られるとか嫌でしょう? 今までは、ストラウド様がいらっしゃいましたが、非力な貴方が他の人と同じように生きていけますか? 聖なる力は、誰にでも魅力的に受け止められるでしょうし、囲いたい人間は大勢いるでしょう」
「脅しですか?」
「いいえ‥‥‥。あくまで提案です」
「分かりました。私、貴方の提案を受け入れますわ」
「え?」
「いつでも婚約破棄して構わないのでしょう? その代わり、婚約期間を3年にしてください。その間に‥‥‥。どうすれば自分や周りにとって最善かを考えます」
「いや、その‥‥‥」
「構いませんね?」
「‥‥‥はい。チャンスを与えてくださり、ありがとうございます」
(負けたわ。あれだけ必死に食い下がられたら、断れないじゃない。まあ、いいわ。隙があれば、何時だって婚約破棄してやるんだから)
嬉しそうにしているサクフォン伯爵とは裏腹に、私は婚約破棄に向けて考えを巡らせていたのだった。
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