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履歴書提出
「そろそろ出かけるか」
「じゃあ、私も‥‥‥」
「どこへ行くのだ?」
「だから、仕事をしに行くのよ」
「はぁ‥‥‥。人族というのは真面目だな」
ステファンは顔に手を当てると溜め息を吐き、面倒くさそうな顔を私に向けると言った。
「今日からお前を、俺の専属メイドにする‥‥‥。ついてこい」
そう言って私の手を掴むと壁をすり抜け、一瞬で別の部屋へと移動した。どうやら転移魔法の類いらしい。
「ここは?」
「執務室だ」
小さな部屋に、アンティーク風の横長机が壁際に置いてあり、その横には小さな机が斜めに向かい合うように置いてあった。隣の部屋では、既に誰かが仕事をしているのか、バタバタと動き回る音がしている。
(まさか書類仕事を、一緒にしろってこと?!)
私は冷や汗が出るのを感じながら、隣にいる魔王ステファンを見上げた。赤い瞳に危機感を感じた私は、さりげなく扉へ向かって歩こうとしたが、肩を掴まれてしまった。
「何処へ行くつもりだ?」
「あの、その、ちょっとお手洗いに‥‥‥」
「トイレなら、この部屋の奥にある。もちろん、男女別々だ」
「そう‥‥‥。ありがとうございます。」
私はトイレを済ませると、半強制的に机に座らされた。
「まずは、今までの経歴‥‥‥。得意分野や出来ることについて書いてもらう。何でもいいぞ。とにかくたくさん書いてくれ。」
「得意分野? なんでもいいんですか?」
「‥‥‥ああ」
(何だか履歴書みたいね‥‥‥)
私は渡された用紙の限られた枠の中に、羽ペンで仮の名前と職歴を書いた。
「どれ、見せてみろ‥‥‥。ふむふむ、料理に計算、絵画‥‥‥。得意なことが、結構あるな」
「えっ‥‥‥。ええ、まぁ」
前世に得意だった事も書いてしまったのは、余計なことだったかもしれない。でも、あの赤い瞳に見つめられると、嘘をついてはいけない気がしてしまい、色々な事を書いてしまっていた。
「よし決めた。お前は、今日から人事部へ行ってもらう。」
「人事部??」
「人手が足りないらしくてな。今年は応募者が殺到しているみたいなんだ。おそらく、受付係をやってもらうことになるだろう」
「分かりました」
不意にステファンが近づいて来ると、私は何故か壁際に追い詰められていた。壁に手をつき、顔を近づけてくる。
(えっ‥‥‥。まさかの壁ドン?! まさか、キスなんかしないわよね)
ステファンが私のピアスに人差し指を当てると、着ていた洋服がメイド服からスーツっぽい制服に変わっていた。
「すご‥‥‥」
私が感嘆していると、魔王ステファンは私の唇に唇を押し当ててきた。
「んっ‥‥‥」
抵抗しようとすると、顎をつかまれ口の中に舌を入れられた。
「何すんのよっ‥‥‥」
私は渾身の力を振り絞って、ステファンの両肩を押すと、彼の頬を平手打ちにした‥‥‥。涙目になりながら睨みつけると、ステファンは口に手を当てて横を向いていた。
「まだ、嫁入り前なのに‥‥‥。何てことしてくれるのよっ!!」
息継ぎが出来ずに、ゼエゼエ言いながら私が怒ると、ステファンは面白いものでも見つけたかの様に、目を細めて笑っていた。
「嫁入り前に、命を狙われて魔王専属のメイド兼所有物になったセシル様は、キスは始めてだったのか?」
「そうよっ‥‥‥。悪かったわねっ」
「別に悪くはない‥‥‥。今の唾液交換で魔力を譲渡した。お前の周りには、結界を張っておいたから今の魔力量のままであれば、補充せずとも1ヶ月は保つだろう。それに‥‥‥」
「それに?」
「魔王の所有物に、好き好んで手を出す奴なんかいない」
「??」
「人事部へ送ってやる」
「うわっ‥‥‥」
目の前には、いつの間にか黒い渦が現れていて、後ろから背中を押された。
「ちょっ‥‥‥」
私が文句を言う前に黒い渦に飲み込まれて、私は別の場所へ転移していたのだった。
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