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魔王領の料理
その後、人事部まで魔王ステファンに送り迎えをしてもらっていたが、ステファンは忙しいらしく、送り迎え以外は会うことは無かった。
日常生活は特に変わった事もなく1週間が過ぎた頃、何の前触れもなく魔王ステファンは現れた。
「人事部は、片付いたな‥‥‥。セシル、こちらに来い」
「兄上っ‥‥‥」
「お前は、しばらくここにいろ‥‥‥」
ステファンは赤い目を細めて、そう言うと書類を手にしていた私を引き寄せた。
「ステファン様、まだ仕事は終わってませんが‥‥‥」
「もう目処は、立ったのだろう? だったら後は、ストラウドに任せればよい。後は任せていいか、ストラウド?」
「仰せのままに」
見ればストラウドは、片膝を地面につけて敬礼をしていた。魔王ステファンは、私から書類を取ると、さりげなくストラウドに渡している。
「明日、急に客人が来ることになったのだが、どうも魔族は食に疎くてな‥‥‥。人間の口に合う料理が出せるか、見に行って欲しいんだ」
「えっ、ちょっと‥‥‥」
ステファンは、黒い渦を目の前に出すと、私を横抱きにした。
「お姫様だっこなんて恥ずかしいから止めて下さい!!」
私の抗議はスルーされ、黒い渦に飲み込まれたのだった。
*****
黒い渦の先には、厨房らしき部屋が見えていた。到着すると、私はステファン様の腕から降りて、中の様子を伺った。
「魔王様!!」
後ろから威勢のいい声が聞こえて振り返ると、そこにはコック帽を被った青年‥‥‥。ではなく、少年がいた。
「サリエリ‥‥‥。進捗具合はどうだ?」
「まだ何も‥‥‥。取りあえず、蛙の姿焼きは止めた方がいいってことは分かったんですが‥‥‥」
「蛙の姿焼き‥‥‥」
「明日、人族が魔王城を訪ねてくるんだ。けれど、昼食に何を出したらよいのか、分からなくてな‥‥‥」
「魔族は、普段何を食べているのですか?」
「セシル様。基本的に、魔族はあまり食べなくても生きていけるのです。だからという訳でもないのですが‥‥‥。普段は、素材の味を生かした料理を作っています」
「つまり‥‥‥。焼いたりするだけってこと?!」
「ええ‥‥‥。まぁ、はい」
10才くらいにしか見えない、サリエリと呼ばれた少年は、気まずそうに俯いていた。
(当日、私が手伝えるとは限らないし‥‥‥。だったら、簡単なものがいいわよね)
「新鮮な肉や魚はあるの?」
「はい。今朝は、ヌボアの肉を手に入れました」
「焼くだけなら、お肉でいいんじゃないかしら? ステーキにして‥‥‥」
「ステーキ?」
「肉を切り分けたら、塩と胡椒を振ってよく揉み込むの。両面焼いたら、ソースを掛けて食べるだけで美味しいわよ」
「肉って、焼くものなんですね?」
「えっ? 魔王領では焼かないの?」
「いえ‥‥‥。焼いたりもするのですが、肉は基本的に味付けの濃い煮込み料理に使いますね‥‥‥。ヌボアの肉は臭いという方もいて、難しいのです」
サリエルくんは考え込むように腕を組むと、俯きながら思案していた。
「なら、お酢やお酒を加えるのはどう? 塩を振って、しばらくして出てきた水分を拭き取るだけでも臭いは抑えられるわよ?」
「素材の味を感じられなくても、人間族の方は平気なんですか?」
「平気っていうか‥‥‥。その方が美味しいときもあるわよ」
「へぇ‥‥‥」
その後、いくつかのソースのレシピや味付けをサリエリくんに教えていると、サリエリくんは必死にノートへメモしていた。
「あとは、いつも朝食に出ているサラダとパンとスープでいいと思うわ」
「分かりました。サラダとパンとスープですね‥‥‥。明日は何とかなりそうです」
「そう? 良かったわ」
私達が話し終わって談笑していると、入口の壁によりかかってこちらを見ていた魔王ステファンは、私達のいる方へ来て言った。
「終わったのか?」
「ええ‥‥‥。明日の料理の話は終わりました」
「そうか‥‥‥。だったら行くぞ。俺は時間が無いんだ」
「はい‥‥‥。サリエリくん、またね。時間があったら試食に来るわ」
「はい!! そのときは、よろしくお願いします」
魔王ステファン様は私の肩を掴むと引き寄せ、気がつくと黒い渦に吸い込まれるようにして転移していた。
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