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魔力譲渡
部屋へ戻ると、半強制的にソファーへ座らせられた。向かいのソファーには魔王ステファンが座っており、今日はいつにも増して機嫌が悪かった。
「魔王様、お茶を‥‥‥」
部屋の中に入ろうとした侍従が何もしていないのに手に持っていたカップが割れてしまって、驚いていた。動けなくなってしまった侍従に「下がっていいわ」と声を掛けると、我に返った侍従は部屋から出て行った。
「ステファン様‥‥‥。先ほどは、嘘をついてしまって申し訳ありません」
「確認は、小部屋でする必要があったのか?」
「‥‥‥内密な話でしたので」
「所有物としての自覚がないみたいだな」
「それは‥‥‥」
(だから、所有物の役目って一体、何なのよ?!)
怒りに触れたくなくて、下を向いていたが、ふと目の前のソファーから魔王の姿が消えていて、驚いて思わず顔を上げた。
「やはり、お仕置きが必要だな」
いつの間にか、私の真横に来ていた魔王ステファンは、私の側でささやいた。
「へっ‥‥‥」
「セシル、魔力を使ったのか‥‥‥。俺の張った結界が弱まっているぞ」
「それは‥‥‥」
「お仕置きの前に、魔力補充が必要だな?」
「いま?!」
(待って、待って‥‥‥。心の準備が‥‥‥)
「ご、ごめんなさい」
「何に対して謝っているんだ?」
「いろいろですっ‥‥‥。魔力の補充だけは勘弁してください。キスは‥‥‥。人族は、好きな人とするものなんです!!」
「つまり、俺のことは好きじゃないと‥‥‥。そういう事だな?」
「いえっ、あのっ、そのっ‥‥‥」
ソファーに押し倒されると、魔王ステファンは覆い被さるようにして、私の顔に顔を近づけていた。
「あっ‥‥‥だめ!!」
───ふにっ
魔王ステファンは私の頬を親指と人差し指でつねると、上下に動かしていた。
「うー‥‥‥」
「ぷっ‥‥‥。滑稽だな。俺は生まれてから、今まで誰にも拒絶されたことは無かったんだ。だから、うぬぼれていたのかもしれない。自分は善良で、民から人気があり、俺自身も皆から好かれていると‥‥‥。勘違いしていたようだな」
「うっ‥‥‥」
「だが、拒絶されて逆に興味が湧いた‥‥‥。魔力譲渡は、キス以外に方法が無い訳じゃない」
「待って‥‥‥。それだけは勘弁してください」
私は必死に魔王の手を振りほどくと、懸命に首を横に振った。
「閨の話では無いぞ?」
「え?」
「やはり、勘違いしていたか」
「それって、どういう‥‥‥」
「正妻としての婚約者なら、何もせずとも魔力を譲渡できるんだ」
「‥‥‥」
「ただ、所有物と違って簡単に解除できる契約では無い。1度契約を結んだら、ほぼ解除は不可能だ」
「キスっ‥‥‥。キスしますっ。お願いします」
(冗談じゃない。魔王の奥さんなんて器じゃないわよっ‥‥‥。そんなの出来る訳ないじゃない)
「もう遅い‥‥‥。俺は決めたんだ。セシル‥‥‥。いや、スザンヌ・ボルティモア。今日からお前を、俺の正妻としての婚約者とする」
魔王ステファンは、私の額に手を翳すと目を見開いた。白い光が収束し、キラキラした光が空中を舞うと、私の額に一気に集まってきた。額に何かがついたのを感じながらも私は起き上がった。
「私の名前‥‥‥」
「ストラウドから聞いたのだろう? 悪いが、心の中を少し覗かせてもらった。お前の心の壁を破るのは、朝飯前だったぞ」
「!!」
ショックを受けながら立ち上がると、鏡の前まで言って自分の顔を見た。ピアスは消えていたが、額には雫の形をした小さな宝石が埋め込まれるようについていた。
「何なのよ、これは?」
「『婚約の雫』と言って、魔王の婚約者のしるしだ」
「そうじゃなくて‥‥‥」
「これなら、キスをせずとも魔力を分け与えるけどが出来るぞ」
「婚約者なんて、私は納得してません。今すぐ破棄してください」
「俺は、お前の願いを叶えてやったまで‥‥‥。そんなに怒ることもないだろう? 他に気になる奴でもいるのか?」
「‥‥‥残念ながら、いません」
「じゃあ、いいじゃないか」
「よくありません。解除してください」
「うーん‥‥‥。確か千日草で婚約解除できるんだっけか‥‥‥。それじゃ、仕事で今まで以上の成果を上げられたら、考えてやろう」
「えっ‥‥‥。本当ですか?!」
「ああ。俺に二言はない‥‥‥。いや、俺が納得出来る内容だぞ? 出来るのか? それに、1度婚約してからの破棄は、お前の名前に傷がつくんじゃないのか?」
「そんなの、今更です」
確かに王太子のスウォン王子には断罪されて、婚約破棄させられた。魔王と婚約して破談されたら、噂話は国外にまで広まってしまうだろう。
「そうか‥‥‥。お前も、色々大変だな」
(あんたに言われたくないし!!)
魔王ステファンは、同情したかのように言うと再び仕事へと戻って行ったのだった。
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