外交使節団の来訪

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外交使節団の来訪

 次の日の午後。私は赤いドレスに着替えると、厨房へ向かった。料理の最終チェックをして欲しいとの事だったが、行ってみれば魔王ステファンも厨房へ来ていた。 「あれ? ステファン様、どうしたの?」 「今日の来客対応、お前も来るかと思って聞きに来たんだ」 「婚約者の務めですか?」 「いや、そうではないが‥‥‥。来るのはお前の父、ボルティモア公爵だ」 「え? お父様が‥‥‥。なぜ?」 「それは、分からん。俺もついさっき、知ったくらいだ‥‥‥。ソンソムニアの外交使節団の責任者として来ているそうだ。輸入関税について話し合いたいとの事だったが‥‥‥。スザンヌ。お前のことが心配で見に来たんじゃないのか?」 「まさか‥‥‥。それなら、それで情報が早すぎません? 転移魔法で来たのかしら?」  人族に、魔術が使えない者が全くいない訳ではない。魔族の血を引いているハーフやクォーターは使えたりするし、そうでなくても、ごく稀に使える者も存在する。  ただ、そうした人族は基本的に城や貴族に囲われて暮らしているため、何処に何人いるかなど、誰も正確には把握していなかったりする。 「昼の1時からだ。お前も試食が終わったら一緒に来るか?」 「行くわよ‥‥‥。久しぶりにお父様に会えるんだもの。まあ、仮でも? 魔王の婚約者になったって聞いたら、卒倒しそうではあるけれど」 「‥‥‥」 「また後で」 「ああ」  私が手を振ると、魔王ステファンはマントを翻して去って行った。普段着ていないマントを人族が来るのに合わせて着ているのは、可笑しくて何だか笑ってしまいそうだ。 「あっ、セシル~。昨日言ってたメニューに加えてデザートも作ってみたんだ」  厨房の調理台の上には、昨日提案したステーキにパンとスープ、サラダが置いてあった。サリエリは冷蔵庫からフルーツを取り出すとケーキ用の生地を薄く焼いたものの上にフルーツを載せ、クリームとチョコソース斜め掛けにかけていた。 「食べてみて」 「美味しそう。じゃあ、フルーツからいただくわね‥‥‥。んっ、なにこれ‥‥‥。中が凍ってる?」 「イチゴの中にアイスを入れてみたんだ」 「美味しいわ‥‥‥。どれ、ステーキも‥‥‥。んんっ、焼き加減バッチリじゃない。ソースとの相性もいいし。聞いただけで出来るなんて、サリエリは天才ね」 「いや、それほどでも‥‥‥。魔王様の未来のパートナーにそこまで言われると、さすがに照れますね」 「えっ。でも、まだ結婚すると決まったわけじゃ‥‥‥」 「ええっ‥‥‥。でも、婚約の儀は済ませたのでしょう?」 「ええ‥‥‥」 「もしかしてマリッジブルーですか? 僕で良ければ相談にのりますよ」  こんな小さい子に心配を掛ける訳にはいかないわ‥‥‥。って、そう言えばステファン様は150才って言ってたっけ。とりあえず、私より長く生きているのは確かなんだし、魔王ステファンとの婚約のこと、何か知っててもおかしくないわ。今度、聞くだけ聞いてみようかしら。 「今度、お願いするかもしれないわ」 「りょうかーい。今日は接待だもんね」 「え? もう、こんな時間。行かなきゃ」 「スザンヌ‥‥‥。まだ、ここにいたのか。迎えに来たぞ」  魔王ステファンは黒い渦から現れると私の手を掴んだ。 「あれ? ステファン様」 「来い‥‥‥。ソンソムニア国の使節団が到着した」  私はステファン様に掴まれたまま、一緒に黒い渦をくぐり抜けるようにして転移し、応接室へと向かったのだった。 ***** 「お初にお目にかかります、レントル・ボルティモア公爵にございます。以後、お見知りおきを」 「堅苦しい挨拶はよい。別室に晩餐の用意がしてある。移動願おう」  部屋に常駐していた侍従が扉を開けると、部屋まで案内してくれた。部屋までの道のりで、いつものクセでお父様に話し掛けてしまう。 「お父様、お久しぶりです」 「ああ、スザンヌ‥‥‥。元気そうで良かった」 「実は私、アシュタイト国で命を狙われまして‥‥‥。今、魔王様に保護してもらっているのです。その代わり、城で下働きを‥‥‥」 「下働き? セザンヌ、お前は婚約したと聞いたが?!」  お父様は、私の額の宝石を見つめながら不思議そうな顔をしていた。 「お父様、()()ですわ‥‥‥。今は、魔王城のために働いているのです」 「‥‥‥何はともあれ、スザンヌが元気そうでよかったよ」 「それより、お父様。今日は、お付きの方達がいつもと違うのですね」 「ああ‥‥‥。今回の使節団メンバーは、王太子殿下が直々にお選びになった精鋭部隊だ。魔術を使える者もいて‥‥‥。優秀だと聞いている」  王太子という言葉を聞いて、言い知れない不安が(よぎ)ったが、今の私には何も言えなかった。 「みなさま、こちらでございます」  案内してくれていた侍従が立ち止まると、扉を押し開けた。部屋の中は横に長いテーブルが置いてあり、すぐ配膳出来るようにする為なのか、端には厨房スタッフが控えていた。 「順番にご着席ください。料理をお持ちいたします」  私が魔王ステファンの隣に座ると、ボルティモア公爵以外の使節団メンバー6名も椅子に座り、配膳された料理を食べていた。 「美味しいわね‥‥‥。さすがサリエリ」 「お前が指導したからだろう?」 「私は、ほんの少しアドバイスしただけよ」  食事の途中で、魔王ステファンは急に険しい顔をしたかと思えば、手をテーブルの前にある料理に翳していた。 「呪詛返魔術(アンマレディクス)‥‥‥。反転!!」  魔王のひと言に、場の空気は凍りついた。お父様の横に座っていた付き人が明らかに青ざめている。 「魔王の婚約者に毒を盛ろうとは、命知らずの人族がいたもんだな‥‥‥。悪いがスザンヌの皿に盛った毒は、術をかけた者の皿に『返し』を行わせてもらった」 「ひぃっ‥‥‥。お助けを」 「お前‥‥‥。覚悟は出来てるんだろうな? 名は何という?」 「ステファン様‥‥‥。私は大丈夫です」 「いや‥‥‥。魔族を舐めてもらっては困る。魔王の力の半分を預けている婚約者に毒を盛ったんだ。理由はどうあれ、責任は取って貰おう」 「魔王様‥‥‥。大変申し訳ありません。どうか‥‥‥。責任は使節団代表の私めに取らせてください」 「お父様!!」 「ボルティモア公爵‥‥‥。気持ちは分かるが、そうはいかないだろう?!」 「それでも‥‥‥。どうか、お許しをいただきたく‥‥‥」  お父様が魔王ステファンの前に来て膝をつき、頭を下げているとき、お父様の横で青ざめていた青年が叫んだ。 「転移スペクルド!!」  転移陣が彼らの足下に浮き上がると、彼らを包むように広がり使節団一行は何処かへと転移して行った。 「なに‥‥‥」  後には、呆然と佇むお父様が青い顔を更に青くしていた。隣に座っていた魔王ステファンの顔は全く見えなかったが、ほの暗い殺気を微かに感じた。 「ま、誠に申し訳ありません」 「よい‥‥‥。魔王城で許可なく勝手に転移した者は、『魔の森』に転移される事になっているからな‥‥‥。生きて帰れるかは、五分五分だろう。魔術師は1人だったのか?」 「さあ‥‥‥。実は、今回の使節団における人選については、詳細は何も聞かされておりませんでして‥‥‥。重ね重ね、申し訳ない限りです」 「ボルティモア公爵。公爵は娘が大切ではないのか?」 「娘の事は何よりも大切に思っております」 「それならば、自国へ戻り、なぜスザンヌが殺されそうになったのか、それを調べよ。それを、今回の公爵への罰とする」 「それは‥‥‥」 「出来ぬのか?」 「ありがたき幸せ。謹んでお受け致します」 「うむ‥‥‥。それでは、よろしく頼むぞ」  黒い渦が広がり魔法陣が現れると、ボルティモア公爵は渦に飲み込まれるように転移して行った。 「お父様‥‥‥。無理はなさらず、お気をつけて」 「スザンヌ‥‥‥。元気そうで良かった。また会おう」  光が弾ける様に広がり収まると、残された私は溜め息をついた。 「サリエリの作ってくれた料理、すっかり冷めてしまいましたね」 「‥‥‥全くだ」  私はサリエリに新しく用意してもらった食事を再び食べ、美味しい料理に舌鼓を打ったのだった。
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