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錬金術師
小説に出てくるスザンヌ・ボルテイモアは断罪されると国外へ行き、子供達の笑顔に救われてシスターになる‥‥‥。という話だった。
けれど、父によって伝えられた場所は町外れに建っている小さな馬小屋みたいな一軒家だ。あばら屋一歩手前の様子に、中に入るのを躊躇ってしまう。
「中に入んねーの?」
私の後ろからやって来た青年は、ピンク色の髪の毛に片耳ピアスをした、どう見てもギャル男としか呼べないようなイケメンだった。
「錬金術師の『カイト』って人を探しているんだけど‥‥‥」
私がそう言うと、後ろから来た青年は荷物を両手に持ったまま目の前にあるドアを蹴り開けた。
「‥‥‥」
「とりあえず、入って‥‥‥。立ち話もなんだし、中で話聞くから」
「分かったわ」
部屋の中は、テーブルに椅子が2脚ずつと、キッチンそれから作業台しか無かった。
ピンク髪の彼がお茶を淹れている間に、私はテーブルの横にある椅子に座った。
「口に合うか分かんねーけど、よかったらどうぞ‥‥‥」
ゴトリと音をたてて、テーブルの上に置かれたマグカップからは白い湯気が出ていた。私は熱いお茶をフゥフゥと息を吹きかけて冷ましながら、お茶を啜った。
「んっ‥‥‥何これ?! 美味しい‥‥‥」
「チャウヌ茶って言うんだ‥‥‥。身体にいいんだけどクセが強いから好きじゃないって人も多くて‥‥‥。気に入ったみたいで良かった」
馬車で頭を打った時に前世を思い出していた私は、よく似た味の『チャイティー』を思い出していた。ひどく懐かしくクセになる味は、自分が好きだった味だったな‥‥‥。と思い出していた。
「私には絶妙なスパイスの配分に思えるんだけど‥‥‥」
「分かるのかっ‥‥‥」
「えっ‥‥‥。ええ、まぁ」
「お前、気に入った。先生はしばらく戻って来ないが、師匠が戻るまでの間、俺が錬金術に必要な知識を教えてやる」
「えっ、ええ?! 先生は不在なの?」
「ああ。研究のため、諸国を回ってる。あと1年は戻らないと思う」
「お父様、話が違うじゃないの‥‥‥」
私の独り言に、ピンク髪の彼は怪訝な顔をしていた。小説みたいに外国でスローライフ生活を送ればいい‥‥‥。そう思っていた私は、これからどうすればいいのか途方に暮れてしまう。
「‥‥‥何か不満があるのか?!」
「いえ、そうではなくて‥‥‥」
私は椅子から立ち上がると淑女の礼をしてから貴族の挨拶をした。
「お初にお目にかかります、ソンソムニア国のボルテイモア公爵が娘、スザンヌにございます。今回は訳あって、カイト様に匿っていただくというお約束で、アシュタイト国を訪れた次第にございます」
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