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社交パーティー
魔王城では年に一度社交パーティーが開かれるという。そこで、各国の主要人物を招き情報交換が行われる。
私は仮の婚約者としてどれだけの情報を集められるか、魔王領にとって有益な情報が集められるか試されていた‥‥‥。って、いうか完全にスパイ活動よね、これは。
朝から落ち着かなかった私は、魔王ステファンから渡されたペンタイプの音声録音機の魔導具を思わず取り落としてしまい、拾おうとして目の前にいる男性が拾ってくれた事に気がついた。
「ありがとうございま‥‥‥」
「君は‥‥‥」
「お久しぶりです。スウェン王子」
私は拾ってもらったペンを受け取り、淑女の礼をした。
「驚いたよ‥‥‥。君が、あの魔王の婚約者になるなんて‥‥‥」
「少しばかり、ご縁があっただけですわ」
私は警戒しながら、スウェン王子との距離を取ると、辺りを見した。個人的には、スウェン王子が刺客を送っているのではないかと思っていた私は、近距離に王子がいたことに冷や汗をかきながらも、王子に尋ねた。
「ナターシャ様は? ご一緒ではないのですか?」
「ナターシャは、化粧直しに行ってるよ‥‥‥。女性は長いからね、そういうの」
「左様で、ございましたか」
私はスウェン王子の拍子抜けするくらい普通の態度に驚いていた。自分が断罪して国外追放した人間に、こんなに普通に話しかけられるなんて普通ではないと思った。
「「‥‥‥」」
「こんなところにいたのか」
黒い渦が目の前に現れると、中から魔王ステファンが現れた。
「これはこれは。魔王様、この度はご婚約おめでとうございます」
「うむ。スウェン王子だったか‥‥‥。ゆるりとしていかれよ」
「ありがとうございます。これで、魔王様も魔王領での地位は安泰ですね」
「いや‥‥‥。そんなのは、まだ分からないだろう」
「またまた、ご謙遜を‥‥‥。失礼致します」
スウェン王子は、戻ってきたナターシャが自分を探しているのに気がついて、来た道を戻っていった。私が魔王ステファンを見上げると、眉間にシワを寄せ難しい顔をしていた。
「‥‥‥ステファン様?」
「どういう事なんだろうな?」
「どういう事とは?」
「てっきりスザンヌを直接、暗殺に来たのかと思っていたが‥‥‥。何かが違ったようだ」
「私も‥‥‥。気になってました。何かが違う気がして‥‥‥。上手くは言えないんですけど」
確かにスウェン王子は、ナターシャと婚約するために私に罪を着せ断罪した。だが今の王子に、私を暗殺するメリットは無いハズだ。
「それより‥‥‥。私と婚約すると魔王領が安泰というのは?」
「何て言えばいいのか‥‥‥。昔からの言い伝えで、魔王が人族と結婚すれば、魔王領は向こう1000年、安泰だと言われている」
「1000年?!」
「いや迷信だ‥‥‥。気にしなくて良い。そうでなくとも、人族と結婚する魔族はステータスが向上する」
「ステータス?」
「『魔力無効』が手に入るんだ。魔族は基本、魔力が高い魔族の言うことは聞かなければならない。ただ伴侶が人族だと、それが全て無効化されるんだ。何故かは分からないが‥‥‥。まあ、魔王の私より強い奴はそうそういないし、正直なところ私にとって魔力無効はあまり意味がないんだが‥‥‥」
「でも城の中では平気だって‥‥‥」
「誰から聞いたんだ? そうだ。俺が張った結界魔法の中では、無効化される。城の環境を良くするために、勝手にやっている事だ。本当は、魔王領全体にそれを張れれば良いんだがな‥‥‥」
「それで‥‥‥」
「?」
「それででしょうか? 魔王領国境付近で暴行事件が多発しているというのは‥‥‥」
「まさか魔族が人族を襲っているとでも?」
「分かりません‥‥‥。魔王領は私の国から離れておりますし、私も噂でしか聞いたことがありませんから‥‥‥」
「国境付近での見廻りを強化させよう。問題があれば、他国との交流も見直さねばならないな」
「ええ‥‥‥。私は、婚約者としての務めを果たして参りますわ」
「‥‥‥無理はするなよ」
「死なない程度に、成果を収めてご覧に入れますわ」
私は踵を返すと、パーティーの会場へと突入していったのだった。
*****
私はパーティーに来てくれた各国の外務大臣や代表に挨拶をして、一通り会場を回ると疲れてバルコニーに設置してあるベンチに腰掛けた。
困ったことに、国の代表で来ている人達はこのパーティーを『婚約パーティー』だと思っているらしい。私が挨拶するたびに、「この度はご婚約おめでとうございます」と言われて、胃がシクシクする思いで挨拶していた。何度、『婚約は偽装婚約で、私は部下として働いているのです』と言いたかった事か。
「スザンヌ様‥‥‥。こちらでしたか」
ふと顔を見上げれば、そこにはスウェン王子が立っていた。金髪の髪を風に靡かせて立っている彼の手には、シャンパングラスが2つあった。
「お隣、よろしいですか?」
「え、ええ」
「喉が渇きませんか? 良ければ、こちらをどうぞ」
「‥‥‥」
「毒なんて入っていませんよ」
「いただくわ」
私はイチゴが一粒入ったシャンパングラスを受け取ると、一口飲んだ。バルコニーは少し風が吹いていて、火照った身体を冷ますのにはちょうど良かった。
一口飲んだ途端、今まで思い出せていなかった前世の記憶が、急に蘇った‥‥‥。スウェン王子はナターシャと婚約しなかったことを‥‥‥。隣国にあるファシリア王国の第3王女が留学にきて、王子と恋仲になることを‥‥‥。それと同時に、王女が『聖女』の力を発揮して、もともと婚約者だったスザンヌは『婚約解消』に納得がいかず、主人公であるリリアに嫌がらせをしてしまい、不敬罪で国外追放になったことを思い出していた。
「あっ‥‥‥」
「どうかなさいましたか?」
「いえ‥‥‥」
小説の中では、ナターシャはセザンヌの友人だったはずだ。スザンヌと一緒に主人公のリリアに嫌がらせをしたとして、共に断罪されたがナターシャは、私に無理矢理協力させられていたとして、国外追放にはならなかった。
仲がいいとは言えない程度ではあったが、もともとナターシャとは交流があったし、友人とも呼べなくはない存在だった。それが何故、王太子と婚約したのだろう‥‥‥。どこから小説と話は変わってしまったのだろうか。
会場を振り返ると、そこにはスウェン王子を探すナターシャの姿があった。よく焼けた黒い肌に、ウェーブがかかった長い黒髪を揺らしながら、周囲の話に耳を傾け談笑していた。
「姫君が、貴方のことをお探しみたいですよ」
「‥‥‥スザンヌ、すまない。君には謝らなければならないことがある」
「国外追放の件についてですか?」
「そうだ‥‥‥。あの時の私はどうかしていた。城が主催のパーティーで‥‥‥。ただ顔を出して挨拶をすればいいだけの事だったのに‥‥‥。気がついたら、私は君を断罪していた。あの時の事を思い出そうとしても、頭に靄が掛かった感じがして‥‥‥。うまく思い出せないんだ。そんなつもりは無かったんだが‥‥‥。本当にすまないことをした」
「それは‥‥‥」
「誰かに操られていたんだと思う。ハッキリとは言えないが。でも君が‥‥‥。魔王と婚約したと聞いて安心した。私の婚約者になるより余程いい‥‥‥。君は幸せになれる」
(本当の婚約者では無いのよ‥‥‥。偽装婚約なんだから、そんな風に言われても困るんだけど)
「お前だったか」
バルコニーに一直線に駆けて来たのは、ストラウドだった。私からグラスを取り上げると、スウェン王子を睨みつけ思いきり胸ぐらを掴んだ。
「中に何を入れたんだ?言え!!」
「‥‥‥媚薬ですよ。良質の物です。陛下も今夜はお楽しみになられるでしょう」
「この、下衆め!!」
ストラウドは掴んでいたシャツから手を離すと、スウェン王子をバルコニーの床に叩きつけた。
「衛兵!! こいつを牢へ連れて行け。婚約者であるスザンヌ様に毒を盛った可能性が高い」
「私が手に入れられないなら、私は貴方が幸せになるのを願う事しか出来ません」
(私の幸せ‥‥‥。何故それが媚薬なの?)
「連れて行け」
媚薬と意識した途端、喉が焼けるみたいに熱くなった。身体から力が抜けて声が出ない。
「み、みず‥‥‥」
「スザンヌ!! 大丈夫か?」
ストラウドは私を担ぐと、私を魔王ステファンの私室へと運んだ。ストラウドが私をベッドに寝かせていると、後から魔王ステファンもやって来て、私を見下ろしていた。
「スウェン王子か?」
「ええ‥‥‥。ですが、黒幕ではないでしょう。誰かに操られている可能性が、高いと思われます」
「そうか‥‥‥」
「ステファン様」
「いい‥‥‥。黙っていろ。これから移し身の術を行う。スザンヌ、もう少しの辛抱だ」
何処かで聞いたことがある‥‥‥。たしか禁忌の術で、対象者から毒を自分に移しかえるという術だった気がする。魔王であるステファン様にそんなことはさせられなかった。
私が思い切り首を横に振ると、ステファン様は笑って私の頭を撫でた。
「気にするな」
魔王ステファンは、私の額にある『婚約の雫』へ口づけをすると言った。
「我が婚約者の憂いを払いたい‥‥‥。婚約者の受けている毒を我が身に!!」
そう言った瞬間、額から光が溢れ、魔王ステファンを取り囲むようにキラキラと光が舞い散った。
「うっ‥‥‥」
魔王ステファンは、蹲るとベッドへ倒れ込んだ。もがいているから苦しんでいるに違いない。
「ストラウド、あとは頼む」
「兄上‥‥‥。分かったよ」
ストラウドは私を横抱きにすると、隣の部屋へ連れて行き、卓上にあるベルを鳴らした。
「コリアンナ、いるか?」
「はい、ここに」
コリアンナさんは何処にいたのか、私達のすぐ側にいた。
「スザンヌを頼む」
「かしこまりました」
コリアンナさんが一礼すると、ストラウドは魔王ステファンのいる部屋へ戻っていく。
「ま、待って‥‥‥。ステファン様は?」
「隣の部屋にいる‥‥‥。大丈夫だ。俺達は幼い頃から毒に慣らされている」
「でも‥‥‥」
「心配するな。スザンヌは自分の身体だけ心配してればいい。人族は身体が弱いからな」
隣の部屋に戻っていくストラウドの背中を見つめながら、私は自己嫌悪に陥っていた。どうしてあの時、私は毒を飲んでしまったのだろうか。媚薬でも飲む量を間違えれば、狂って死んでしまうというのに。
「うおっ‥‥‥」
隣の部屋から聞こえる叫び声に私は思わずベッドから半身を起こした。
「スザンヌ様、薬湯でございます。お飲みくださいませ」
コリアンナさんは、私とステファン様をつなぐドアの前に立つと、ベッドの側に来て背中に手を当て、薬湯をゆっくり飲ませてくれた。
「ありがとう」
「もう、お休みくださいませ」
「でも‥‥‥」
ステファン様の事が気になって眠れない‥‥‥。そう思っていると、隣の部屋からストラウドが戻ってきていた。
「ストラウド‥‥‥。ステファン様は?」
「問題ないよ‥‥‥。君がいるからね。媚薬は取り除いたけど、何かあるといけないからって、血をギリギリまで抜いたんだ」
「血を抜いた? 大丈夫なの?」
「‥‥‥あと1600年も生きるんだ。ちょっとやそっとじゃ死なないさ」
「スザンヌ‥‥‥。もう、お休み。これじゃ何で兄上が身代わりになったのか分からないよ」
ストラウドは私の青ざめた顔を見て、頬を撫でていた。私を心配そうに見つめる青い瞳を見ていると、だんだんと心が凪いでいく。
「ありがとう‥‥‥。もう、寝るわ」
「それがいい‥‥‥。パーティー会場へは俺が行って、説明してくるよ」
「お願い」
急に眠気が襲ってきて、私はストラウドが部屋を出て行く音を聞きながら、深い眠りに落ちたのだった。
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