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はじめての肖像画
次の日の朝。次の勤務先について、朝食時にステファン様から指示があった。
「スザンヌ‥‥‥。今度は君に、人物画を描いて欲しい」
「分かりました。どなたの絵ですの?」
「俺だ」
「‥‥‥ご冗談を。専属の絵師がいるのではありませんか?」
「残念ながら、魔王領に絵師はいない。1枚は欲しいと思ってな‥‥‥。人族の真似事だと、笑われるかもしれないが」
「いえ、私は構いませんが‥‥‥。出来栄えはあまり期待しないでくださいね」
「分かった。よろしく頼む」
*****
その日から魔王の執務室で筆を執った私だったが、引き受けたことをすぐに後悔した。魔王ステファンは執務室や隣室を動き回り、いるかと思えばワープで消えたりと、ジッとしている時間が想像以上に少なかったのだ。
執務室の自席に、ほとんどいない魔王の肖像画を描くのは困難だった。それならそれでいっそのこと想像で描いてみようかとも思ったが、なかなか上手くは描けなかった。
「ステファン様。執務室で描けば良いと仰いましたが、ほとんどいらっしゃらないではありませんか」
「そうか? そうかもな。すまん」
全然すまなさそうではなかったが、悪いとは思っているみたいで、頭をかきながら気まずい顔をしている。
「こ、今度な‥‥‥。今度、時間を取ろう。それでいいか?」
「‥‥‥はい。私は、いつでも構いません」
今度とは一体いつになるのだろう‥‥‥。本人が言い出したことなのに、一向に進まなくて、終わりそうもないことに、イライラし始めていた。
「魔王様!! いますか?!」
ドアをノックもせずに入ってきたのは、淫魔のマーサだった。全力で走ってきたのか、全身に汗をかいている。
「出ました!! 今年のレコルトです!!」
「今年もこの時期にやって来たか‥‥‥。アーデルハイド、いるか?」
「はい、ここに」
アーデルハイドさんは、いつからいたのか壁と思われる場所から出てきて、魔王ステファンの前に歩み寄った。
「兵を集めろ。討伐へ向かう」
「仰せのままに」
アーデルハイドさんは一礼をすると、執務室のドアから普通に出て行った。
「魔王様~伝令役がんばったから~ご褒美ください」
「あー、よくやった。よくやったマーサ」
魔王ステファンは、そう言うとマーサの頭をポンポンと撫でていた。
「もう~そうじゃないって分かってるハズなのに~相変わらずイケズなんだから~」
マーサとは食堂で何回も会っているが、私達に対する態度と魔王ステファンに対する態度が、全くと言っていいほど違った。それに‥‥‥。魔王ステファンに、馴れ馴れしく話しかける様子に唖然としつつも、胸の中がモヤモヤしてしいる自分がいる事に気がついていた。
「マーサのは、冗談に聞こえないから困る。俺には婚約者がいるからな。これで我慢してくれ」
魔王ステファンは、そう言ってマーサの頭をもう一度撫でていた。
「ちぇ‥‥‥」
淫魔のマーサは、私のいる方を一瞬だけチラリと見ると、部屋を出て行ったのだった。
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