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魔王領
「誰だ、お前は?」
片田舎の辺鄙な場所に飛ばされるかと思いきや、私が飛ばされた先は豪奢なベッドが置いてある部屋の中心だった。ベッドの脇には見知らぬ男性が立っている。
「す、すみません。えーと、転移で飛ばされまして??」
「‥‥‥ストラウドか?」
「はい」
男性は顔に手を当てると溜め息を吐いた。彼は黒髪に赤い目をしており、端整な顔立ちをしていた‥‥‥。よく見るとストラウドに似ている気もする。襟付きの白いシャツにスラックスみたいな黒ズボンを穿いていて、サラリーマンに見えるのに、威圧的な態度は、まるで小さな会社の社長さんみたいだった。
「‥‥‥そうか。夜中に念話で叩き起こされたと思ったら‥‥‥。あいつ、そういうことか」
「‥‥‥お知り合いですか?」
「さあな‥‥‥。お前、名はなんという?」
「ソンソムニア国の公爵令嬢スザ‥‥‥」
「ダメ────っ、言っちゃダメなのにゃ〜」
「アース!!」
いつの間にか、さっきまで同じ部屋にいたムササビっぽい使い魔『アース』が肩に止まっていた。一緒についてきてしまったのだろうか‥‥‥。ここに来る時と違って、手のひらサイズになっている。
「ここは、何処なの?」
「魔王城にゃ」
「魔王城?!」
「それじゃ、ここは‥‥‥。魔王領ってこと?!」
「正解にゃ」
「えええええ?!」
「私は城の主、ステファンだ。弟がお前を『転移で送るからよろしく』とテレパシーでメッセージを送ってきたんだ。150年も音沙汰なしだったと思えば、人間界で錬金術師をやっているとは‥‥‥。本当に情けない」
「あの、夜遅くにご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません‥‥‥。ストラウドさんのお兄さん? だったんですね‥‥‥。私の命の恩人ですし、情けなくはないと思いますが‥‥‥」
「人間の考えではな‥‥‥。それにしても、人間は美味そうな匂いだな」
「‥‥‥美味しくはないと思います。魔族は人間を食べるのですか?」
「食べない‥‥‥。平和協定があるだろう? 昔、どうだったかは知らないが‥‥‥」
私を探るように見ていたステファンは、何かを思いついたかのように手のひらを叩いた。
「お前、命を狙われているのだろう? 魔王城に見合う働きが出来るならば、最低1年は匿ってやろう」
「1年?!」
「何だ、不満か?!」
「いえ‥‥‥」
隣国の農村で錬金術を学びながらスローライフの予定が、まさかの魔王城で下働きとは‥‥‥。何はともあれ、命が助かって良かったと考えるべきだろう。
「まぁ‥‥‥。ストラウドの紹介でもあるし、ちゃんと働くのであれば、給料や福利厚生、有給休暇や特別手当ては他のメイドや側近と同じにしてやろう」
「福利厚生‥‥‥。何だか派遣社員みたいですね」
私が前世にやっていた派遣社員としての仕事を思い出していた。事務仕事や掃除、店頭販売‥‥‥。そう言えば、出来るものは何でもやらされたなぁ。
「ハケンシャイン? なんだ、それは?」
「すみません‥‥‥。変な事を言いましたね。こちらの話です」
「変なこと? お前、やる気はあるのか?」
「はい!! よろしくお願いします!!」
かくして、派遣社員‥‥‥。ではなく、魔王城での下働きとしての生活が始まったのだった。
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