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それぞれの選択
サクフォン伯爵は私の元まで来ると、庇うように立ちはだかり、兵を呼ぼうとしていた。
「えいへ‥‥‥」
「待って!! サクフォン伯爵。あれは知り合いなの。大丈夫‥‥‥。害はないわ」
私が彼の服の裾を引っ張ると、眉間にシワを寄せ、もの凄く嫌な顔をした。
(これは、誰が来たのか見当がついてる顔ね‥‥‥)
「しかし、リリア様の心を乱す不届き者などは排除すべきであってですね‥‥‥」
「サクフォン伯爵、決めたわ。私、あなたとキチンと向き合う事にする。ずいぶん時間が経ってしまって悪かったけれど、仮面夫婦とか、考えるのやめにするわ‥‥‥。私には無理だもの」
私が彼の服の裾を掴んだまま言うと、彼は目をまん丸にしてこちらを見ていた。時が止まってしまったかのように動かない。
「えっと‥‥‥。サクフォン伯爵?」
「信じられない」
次の瞬間、私はサクフォン伯爵の腕の中にいた。しっかりと抱きしめられているから分からないが、どうやら彼は泣いているみたいだった。
「ちょっ‥‥‥。サクフォン伯爵?!」
「‥‥‥はい」
「私は『向き合う』って、言っただけなのよ?! OKした訳じゃないの!! 分かってる?」
「それでもです‥‥‥。すごい、前進です。この1年、貴方が城を抜け出して何処かへ行ってしまうんじゃないかと、気が気じゃなくって‥‥‥。いつも心配してたんです。私のために辞める必要はないと言いたかったのですが、言えなかった。貴女のためになる言葉かどうかさえ、分からなかったから‥‥‥」
「心配させてしまって、ごめんなさい。遅くなってしまったけれど、私と結婚を前提に婚約して頂けるかしら?」
「フフッ‥‥‥。もうしてますけどね、いいでしょう。私達は今日から『婚約』です。お互いをよく知ってから結婚しましょう‥‥‥。まずは、手始めに」
サクフォン伯爵は、私を抱きしめている手を緩めると、私の前髪を掻き上げ額にキスをした。
「上書きです‥‥‥。他の男になんて、指1本触れさせませんから」
「サクフォン伯爵‥‥‥」
(こんなに独占欲が強い人だったのね‥‥‥。この人と結婚して大丈夫かしら?)
「はい?」
「やっぱり妾は必要?」
「何言ってるんですか? あれは、仮面夫婦をリリア様が、ご所望されたからであって‥‥‥。あー、もう貴女には始めから説明が必要ですね?! こちらへ、来てください」
私は手を引かれ、西塔の会議室へ行くことになった。メイドや侍従も呼び出され、お茶をしながら、婚約をする事になった経緯や、私を敬っていること等、懇々と説明されていた。
(いや、分かってたよ、分かってたけどね‥‥‥)
私が顔を上げると、会議室の天窓から空に浮かぶ青白い月が見えていた。ふと、ストラウドの存在と重なって見えて、彼の青い瞳を思い出していた。
「ちょと陛下聞いてますか‥‥‥。また、あの男のことを考えてましたね?!」
「ううん。ただ、月が青いなぁって思って。私達はこれからよ、これから。これから、始めるの‥‥‥」
「何を?」
私は彼の手を掴むと引っ張り、顔が近づくと頬にキスをした。
「友愛のキスよ。普段は友達同士でするものなんだけど‥‥‥」
「へいかっ‥‥‥。何を考えて‥‥‥。何か誤魔化そうとしてますね?」
「いいえ?」
「私のこと、煽りましたね?! 責任は取ってもらいますから!!」
「ちょっ‥‥‥。サクフォン伯爵?!」
彼は私を抱きしめると、唇にキスをしてきた。拙いキスだったが、本気さが伝わってきて、引くに引けない状況だ。
侍従とメイドは気を利かせたのか、2人ともいつの間にか姿を消していた。抱きしめられているため、身体を引くことも出来なくて身じろぎ出来ずにいたが、私が彼の肩を押すと離してくれた。
「私の本気は、伝わりましたか? もう、煽ったりしないでくださいね?」
「分かったわ。もう、煽ったりしない。帰りましょう、サクフォン伯爵」
私が手を差し出すと、手を握り返してきたサクフォン伯爵は、顔を赤くしながら顔を背けると私に言った。
「もう離しません。これから、どんなことがあっても、必ず貴方をお守りします」
「ありがとう‥‥‥。サクフォン伯爵」
私達は子供に返ったかのように、手をつないで部屋へ帰った。
「ありがとう。サクフォン伯爵、お休みなさい」
部屋の前まで送ってくれたサクフォン伯爵に振り返って言うと、彼は再び私を抱きしめていた。
「お休みなさい、リリア様」
「お休みなさい」
彼の纏っていた匂いに包まれ、それが離れていくと、少しもの悲しい感じがした‥‥‥。何故だろう? 好きになってしまった? いいえ、まさか。
私は手を振って扉を閉めると、明日へ向けて寝ることにしたのだった。
~聖女リリアとストラウド編~『完』
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