また会えたね

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また会えたね

 斉藤 幸司(さいとう こうじ)(63歳)は、また帰ってきてしまった。なじみの刑務所に。  工藤刑務官が、斉藤をみて渋面をつくる。  斉藤は見慣れた工藤の顔を見つけて 「よう、また会えたね。」 と、手を挙げた。 「また会えたね。じゃないだろう。」 「あれほど、もう戻ってくるなと行ったのに。」  工藤刑務官は渋面を崩さないまま、「また万引きか?」  と斉藤に聞いた。  斉藤は照れたような笑いを浮かべながら 「いや、今回は殺人で。」 「これで二度と出ることはないと思うよ。この刑務所からも移されるかもしれない。」 「殺人て。なんでまた。」 工藤は何度もこの刑務所を出たり入ったりする度に、人懐っこく 「また会えたね。」  と声をかけてくる斉藤が殺人をしたなどとは、とても信じられなかった。  工藤刑務官の勤務する刑務所は、軽微な犯罪の初犯か、万引きなどという比較的軽く、直接相手に被害を与えない犯罪を犯してしまったものが収容される。確かに殺人だとすると、この刑務所からは写される可能性が高い。  斉藤幸司は身内に恵まれず、今でいえばヤングケアラーという呼び方をされる部類の人間に入る。  昨今、急に光を当てられているが、子供が家の事をするなどという事は昔の方が多かったのかもしれない。  その中でも斉藤幸司の家は貧しく、不遇な子供時代を送った。  幸司少年は小学校へもろくに行かせてもらえなかった。  幸司少年は家で祖父の介護をさせられていたのだ。祖父は一人を嫌い、幸司少年を家に縛り付けていたので、買い物以外どこにも出かけられず、学校にも勿論行かれなかった。  たまに、学校に行っても勉強が分からないからまた行かなくなる。  幸司少年の祖父は幸司少年の小学校2年生の頃から体が弱り、家での介護が必要になっていた。  幸司少年の母親は、まだ自分の世話もろくにできない幸司少年を置いて、介護が嫌で家を出てしまっていた。  父親は会社がある。仕事だからと家から逃げ、月々のお金だけを置いて、家に戻ってこない。  幸司少年は小学校の4年生のころから段々と学校に行かれなくなった。祖父が痴呆になってしまい、徘徊するようになったからだ。  徘徊すると幸司少年の父が警察に呼ばれて保護されている祖父を引き取ってくるのだが、そんなことになると帰宅後に幸司少年はひどく父親に折檻される。  父親は普段放っている息子と父に対して、心苦しいことも重なり、謝りたい気持ちがないまぜになり、一層ひどく幸司少年を折檻してしまうのだ。  幸司少年がろくに行かなかった中学校を卒業するころ、祖父はいよいよ痴呆が酷くなり、糞便を部屋に擦り付けたりという行動が出てきてしまったので、流石に幸司少年の父も幸司少年の祖父を施設に入れた。  父はいよいよ家に帰らなくなり、家に置いて行くお金も祖父がいる時よりだいぶ少なく成ったあげく、不定期になっていった。  斉藤幸司は、中学校には結局卒業式にすらいかなかったが、一応地元の中学校を卒業した体にはなっていた。  父親がお金をくれないのだ。自分で働くしかなかった。ただ、年齢制限がないのは清掃とか、小さな工場とかの仕事だけだった。  しかし、小学校からろくに学校に行っていないので履歴書が書けない。  間違いだらけの履歴書をもって面接に行っても、どこでも雇ってくれるところはなかった。  お金はない。父は、幸司少年が中学を卒業したときを期に、家に戻らなくなり、いつの間にか家も売りに出されていた。  斉藤幸司は理由も分からないまま、住んでいた家を追い出され、若いうちからホームレスになった。行政を頼るなどと言う知恵はなかった。  母親に続いて、父親にも捨てられたのだと言う事だけは分かった。特に悲しくもなかった。そんな間柄だった。  小学校2年生のころから自分の身の回りの事も誰も面倒を見てくれなくて、洗濯も何とか自分ではしていたが、少しでもまともな暮らしをしていたのなら、心がさみしくて、ホームレスの暮らしから抜け出そうとしたかもしれない。  ただ、小さい頃から愛情を受けてこなかった幸司少年はホームレスの暮らしも全く寂しくはなかった。  ホームレスの世界も大人が強い。縄張りもある。  年若くしてホームレスになってしまった幸司少年は、少し面倒見のいいホームレスの大人を見つけては後をついて、残飯をあさったり、廃棄の出るコンビニの弁当を貰ったりして生活していた。  まともな仕事にはついたことはなかった。
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