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また会えたね、こんなところで
工藤刑務官は、若い頃から何度も万引きを繰り返し、あまりにも回数が多いのでついには斉藤幸司が刑務所にいれられるまでのいきさつを知っていた。
ただ、斉藤は生来おとなしい性格で、万引き程度の事はしても流石に殺人をするとはいまだ信じられなかった。
ただ、しばらく工藤刑務官のいる刑務所にいたが、判決が出て、斉藤幸司は殺人を犯したとされ、これまでの軽微な罪で何度も刑務所に入っていることもあり、無期懲役の重罪になり、別の刑務所に移されていった。
それから2年後。工藤刑務官は斉藤幸司が警察病院に搬送されたことを同僚から聞いた。
斉藤幸司と工藤刑務官は刑務所の中では馬が合い、犯罪者と言えども、何か通ずるところがあるというのを、工藤刑務官の同僚も何度も見ていたので、知っていた。そんな経緯から工藤刑務官の所に斉藤幸司の入院の知らせが耳に入ったのだった。
工藤刑務官は非番の日に斉藤幸司を見舞った。
2年前にあった時に63歳。2年間の間に斉藤は随分と病みやつれていた。65歳どころではない。ガリガリになり、70歳過ぎの老人のように見えた。
目を閉じていた斉藤が、何か気配を感じたのかフッと目を開けて、ぼんやりと工藤刑務官を見つけると、皺だらけの顔を嬉しそうに崩し
「また、会えたね」
と、掠れる声で呟くように言った。
「こんなところで、また会えたねもないだろう。」
「おい、なんだ、病気なのか?」
「工藤さん、俺ね、癌なの。2年前に最後に逮捕されたときはもう具合が悪かったんだ。で、新しい刑務所にいる間に具合悪くなって、癌だって言われた。」
そういうと、工藤に手招きをして、顔を自分の方に寄せるように身振りで伝えた。そして、工藤が耳を斉藤の口に近づけると、
「実はさ、俺、人なんて殺してないんだ。でも、これは内緒だぜ。」
工藤は驚いたが、そのまま斉藤がしゃべるのに任せた。
「俺さ、ずっと万引きしてただろ。でも、最後につかまる前はなんだか初めて気の合う友達ってやつが出来てさ。一緒に寝泊まりしてたんだよ。」
「そいつはやくざの下っ端にいろいろ雑用を言いつかることが多くてさ。」
「俺はばかだし、どじだし、いろいろできないけど、そいつの仕事が成功するといつもごちそうしてもらってたんだ。」
「で、俺、そのころもう具合が悪くてさ、咳すると血が混じってたり、お腹の方も下から血が出たり。なんか、力も入らないし、もう病気なんだろうなって思ってた。」
「そいつさ、最後にひとつ大きな仕事したらお金がたくさんもらえるから、そうしたら実家に帰るんだって。嬉しそうに言っていたんだ。まださ、そいつ若いんだよ。その時に俺、見張りを手伝うって近くにいたんだけど、そいつが青い顔して、『失敗した。人を殺した。そんなつもりじゃなかったのに。』って。」
「泣きながら言うんだ。仕事自体は成功したらしくて、金は手に入るってことだった。だったら、俺が殺したことにするから逃げろってね。逃がしたの。」
「殺しちゃったときの様子はそいつから良く聞いておいた。俺、取り調べはなれているもんな。だから、ちゃんと俺、犯人になれたろ?」
それだけしゃべると息が切れたのか、斉藤は目を閉じた。
工藤刑務官は考えてはみたものの、既に判決が出ている事件。本人は癌で幾ばくも無い命。
本来ならば調べなおしてやりたいところだったが、人生でたった一人できたホームレスの友人の為に何かしてやりたかったという斉藤の中にはじめて見た人間らしい感情を、夢を壊したくはなかった。
また会えたね。と最後に挨拶を交わしてからは、工藤刑務官が次の見舞いに行く暇もない位すぐに斉藤の体調は悪化して、死んだ。
もう、この世で会うことはできなくなった。
工藤刑務官は斉藤幸司の葬式に参列し、亡骸の顔を見ながら
「向こうでまた会えるよな。」
と小さくつぶやいた。
【了】
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