「たまご」になれない私と君の文学部生活

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** 「私を私たらしめる根幹ーーっ」  それは、私が「何かを目指すたまご」になれない一番の理由だった。  何者にも心を本気で動かされたことがなく、誰かを深く愛したり憎んだりしたことのない私は、文学に触れても心を強く揺さぶられることがなかった。  昔から勉強だけは出来た。要領もわりと良かった。  それだけだった。  誉めそやされて肥大化したプライドと、自分の人生はうまくいっているはずだという根拠のない自信で、他人から勧められるままにこの文学部に、成績優秀者の多い日浦ゼミに来た。  そしてゼミの他のメンバーを見て「好き」という強い意志や「興味」によって裏打ちされた綿密な知識量に慄いた。 (この人達に比べて、なんて私は空っぽなのだろう)  場違いだと一目でわかったけれど、今更退くことは出来ず、ただただ自分が毛色の違う異端であることが露呈してしまうのを恐れた。  執筆だって「これなら私でも書ける」という奢りからのコメントだ。  緒方君に持ちかけた交際の件だってそうだ。  彼に断られなさそうだから、感情が薄そうだから、この機会に人生のイベントを経験する踏み台にしようとさえしている。何より、彼が彼氏にさえなってくれれば、一緒に居る口実は私のフォローアップという後ろめたいものではなくなる。  全ては自分のプライドを守るために。  なんて浅ましい。  彼は彼なりに私を「たまご」にすべく協力してくれていたのに、そんな優しささえも土足で踏み躙る。  仲原ちえりはどうしようもない愚か者である。私の中には漠然とした諦念だけがゴロリと横たわっている。 「待って。でも、それなら」  この妄執のようなコンプレックスこそが、私を私たらしめてくれるのかもしれない。  私は新しい原稿用紙に私を書き写すことにした。 「どんな結果が出ても、緒方君に謝ろう」  思えば、私は終始彼を侮っていた節がある。  バイト三昧で大して勉強もしていないだろう、女慣れもしていないだろうという舐め腐った目で見ていたことは否定しない。  私よりも下に居て欲しかった。  下でないならせめて交際という形で何か彼を繋ぎ止める鎖が欲しかった。  何故ならば彼が一番、手の届きやすいところに居ると思っていたから。 「なんで、あんなこと言っちゃったんだろう」  私は、後悔した。
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