プロローグ

3/3
前へ
/16ページ
次へ
**  5月の雨上がりの夜は少し湿っぽさを含んだ暑さをしている。自転車で駆けたら風が出来て気持ちいいかもしれない。 「助かったよ。本当に苦手で」 「......日文に居るからにはお酒の付き合いから逃れられないって、先輩が」  彼は私の苦手を”飲み会が苦手”と解釈したらしい。ちなみに私が飲んだのはアルコールだったのだとか。私はまだ19歳なのに、向かいの20超えの子の飲み物を間違えて飲んでしまったみたいだ。 「あぁ、えっと。君は」  目が合わないぐらいの長い前髪に、細めの長身。飾らないパーカーを着た男子。同じ学科ならば名前が出てきそうなものなのに、出てこなかった。この状況で愛想笑いの一つでもして良さそうなのに、そういえば飲み会のときからずっと無表情だ。 「僕は緒方。君と同じ、文学部日本文学科2年日浦ゼミ生」 「緒方君ーー」  聞いたことがある。一年の頃からバイト三昧で、学科の集まりや飲み会に滅多に顔を出さない同級生が居るという。 (あ、仲間だ)  私はこのとき、安心してしまったのだ。  私以外にも「たまごでない者」が居る。この高い志を持たなければ生存を許されない日浦ゼミに、私以外にもハグレモノが。  その安心感は、私に彼の黒いパーカーを吐瀉物で染めさせた。 「オロロロロロロロロ......」
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加