「たまご」になれない私と君の文学部生活

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 緒方君はそんな私に二冊の本を手渡す。短編集と解説集だ。 「有名どころなら、森鴎外の舞姫。文体は難しいけど、解説している人も多いから、それを見ながら仲原さんなりの解釈を考えてみても良いかも」  森鴎外なら私もかろうじてわかるレベルだ。教科書にだって載っていた。 (今、私の知識レベルに合わせてアドバイスしてくれた?)  無知がバレているかもしれない。私は咄嗟に防衛本能として自虐に走る他ない。 「私、あんまり本も読んでなくて、知らなくて。笑っちゃうよね、文学部なのに。皆、学者とか教師のたまごばっかりなのに、私はたまご未満だから」 「文学部は受け皿みたいな学部だから。色んな人が居て、当然」  緒方君の言葉に少しだけほっとする自分がいる。その一方で、そう言いきってしまえるだけのここに居て良い自信があることが羨ましくも感じる。 「私は......そうは思えなかったな。ゼミでキラキラした何かの”たまご”になりたい、ならなきゃって、思う」 「そっか」 「これでも成績は良いんだよ。勉強だって、できる方だと今でも思ってるのに。ーー緒方君は本詳しいし文学好きそう」 「本が好きなだけ。特にやりたいことも目指してることもない。......ただ、在籍するなら責務は果たさないと、とは思ってる」 (つよい)  意欲は同じ底辺かもしれないけれど、それを黙らせる強さがある。他のゼミ生とは少し違う何かーーこの人もまた「たまご」になれないハグレモノだと感じるけれど、この人について行けば私もこのゼミでやっていけるかもしれない。 「ねぇ、たまに図書館で勉強、付き合ってよ!」
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