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それでももう痛みはほとんど痺れに変わっている。
おそらく疼痛を魔法で痺れに変えているだけなんだろうけど痛みよりずっとまし。
私がゆっくりとクリフ様の頭から背中に手を移動させ耳元で囁いた。
「大丈夫・・・。あなたの魔法が・・・効いてきたわ。さすが竜王ね」
クリフ様が大きく息を吐いた。
「大丈夫、本当に大丈夫よ」
わたしが微笑むとクリフ様が自分の上着を脱ぎわたしに着せてくれた。
「ーー失礼します。クリフォード様」
護衛のラウルさんの声がドアの外から聞こえ、控えめに入ってきた。
チラリとわたしに視線を投げわたしの無事を確認して小さく息をつくのが見えた。
「何だ」
クリフ様が顔を上げると、彼はいつもの竜王の顔に戻っていた。
ただ彼は逃がさないとばかりに私の手をしっかりと握っている。
「これを」
ラウルさんの手に握られていたのはあのアリアナ様の侍女が持っていた凶器のナイフだった。
それを目にしたクリフ様の目が大きく開かれる。
「”竜殺しのナイフ”ではないか!」
「はい」ラルフさんが重々しく頷く。
「背後関係をしっかりと調べよ。で、その侍女はどうした」
「はい。捕えております。騒ぎを起こした者も全て生け捕りにしました。これから尋問いたします」
「頼んだ。私も後で行く」
ハッと敬礼した後、ラルフさんは私の方を見て少し笑顔を見せた。
「楓さま。わたくしたちの主人をお守りいただきありがとうございます。それとーーーお帰りなさいませ」
お帰りなさいませーーーか。
言われた言葉がとても気恥ずかしくてぎこちない笑顔を返すだけで精いっぱいだった。本当はただいまというべきなのに。
「クリフ・・・」
「クリフォード様」
ラルフさんと入れ替わりでマルドネス様とアリアナ様が部屋の入口に立ち、真っ青な顔色をしていた。
それはそうだろう。何と言っても竜王に刃を向けたのはアリアナ様の侍女だ。
王位継承権第二位のマルドネス様の奥方の侍女なのだ。
王位を狙っている疑惑を持たれても仕方がない。
いや、私は信じないけど。
だってマルドネス様は常々言っていた。
早く婚姻を結んで私たちと親類になろうと。
王妃になって自分たちの抱える王家の責任と仕事を私に少しでも肩代わりして欲しいと笑っていた。あの言葉と笑顔が嘘だったとは思えない。
「背後関係を掴むまではいろいろ言われるだろう。早期解決をしたいから協力してくれよ」
クリフ様が二人に優しく語りかけた姿にホッとした。
クリフ様も彼らのことを疑ってはいないんだと思う。
「もちろんでございます。お許しくださいませ、クリフォード様」
アリアナ様ははらはらと涙をこぼされ、マルドネス様に支えられている。
「あの侍女は姉の紹介で雇い入れていたんだ。だが、もしかしたら義兄の実家の縁者だった可能性があることを失念していたとは情けない」
マルドネス様は床に膝をつき震える声で謝罪をした。
「ーーー謝って許されることではありませんが、申し訳ございませんでした、陛下」
「その件はまた話し合おう。とりあえずマルドネスも奥方を連れて本宅に戻れ。警護を怠るなよ。私はひとまず楓を隠すことにする」
そう言って私を抱いて立ち上がると、転移魔法を唱えた。
ふわっとしたのは一瞬だった。
前のように眩暈はしない。
とんっとクリフ様の足が床に着いたような感覚がして目を開けると、見たことのない部屋にいた。
離れの館の部屋じゃない。
ここはどこだろう。
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