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「ふふ、何だか元気が出てきました。何を心配してたのかしらってくらいに」
「私の伝え方が悪かったのだ。宮殿の私室のバスルームを楓へのサプライズにしようと思っていたからとんでもないことに巻き込んでしまった。
それに・・・」
「それに?」
言葉を切ったクリフ様にその先を催促した。
「ミーナが”愛してる”と言っていないことを知っているのは理由があるんだ。もちろん私があれに言ったわけじゃない。あれは私とマルドネスとの会話を聞いていたのだろう。その話をしたのは前にも後にもあの時だけだから」
私たちの婚約披露が決まった頃、クリフ様がマルドネス邸を訪れてアリアナ様に私の教育係を頼んでいた。どうもその時のことらしい。
「マルドネスに「楓に”愛してる”と毎晩囁いているか」と聞かれて一度も言ったことはないと答えたんだ。その時、ミーナは同席していなかったんだが、たまたまあれもアリアナの見舞いに来ていてあの館にいたからそれを立ち聞きしていたとしか思えない。私も迂闊だった」
「そうだったのね」
「”愛してる”と言わなかったのは愛していないからじゃない。ただ毎日”愛してる”を大安売りしているマルドネスとラウルと一緒にいると、”愛してる”がどうにも薄っぺらな言葉に聞こえてな。楓に言うタイミングを失っていただけなんだ」
何ともまあ。聞いてしまうとたかがそんな理由だったとは。
確かにラウルさんはビエラさんに「愛してる」「我が愛するビエラ」とうるさいほど連呼している。マルドネス様も同様。
それから彼女たちの処罰に対して希望があるかと聞かれたのだけれど、まだ正式な竜の国の住人でない私には判断ができないのでクリフ様たちに任せることにした。
「ヤナーバルの家は取り潰しとした。ミーナは母親であるマルドネスの姉とヤナーバルの息子であるミーナの父親と共に翼と魔力を奪い地上に落とすことになるだろう。
ミーナは規律の厳しい学院に入れ、謙虚・質素・慈愛などしっかり学ばせるつもりだ。3人共もう二度と竜の国には戻さないから安心しろ」
そうか。
ちょっと安心した。
あの祖父と孫娘の悪意だらけの言葉を思い出すと、今でもゾッとする。
「楓、これを」
クリフ様が取り出したのは半透明なハート型の鱗だった。
「つけてもらえるの?」
「ああ、嫌がるのならやめようと思っていた」
「嫌がるはずなんてないわ。お願いします。今度はここに」
私は胸元のリボンを外し、左胸を少しだけ開いた。
少し、目を見開いただけでクリフ様はとても嬉しそうな顔をする。
目の前の鱗を指先でチョンっと触れると、半透明だった鱗があっという間に濃い桜色に変わっていった。
「ハイ、これで番の証明もできたことだし、早く貼ってくださいませ」
「もちろんだ」
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