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「あの、楓さま。失礼ながら聞いてもよろしいですか?」
「ええ、”救国の旅人”のことでしょ?」
「そうです、それです」
パメラをはじめエメとネリーはこくこくと頷いた。
「私も知っていることは多くないんだけどねーーー」
私の両親は結婚して間もないある日突然、国内最古の神社の神職から呼び出しを受け、違う世界で働くようにと言われたのだそうだ。
何でもこれからその国で流行る病はまだ治療法が確立されておらず幼い子供がかかると致死率が高いのだと言う。
それはわが国ではすでに大昔に絶滅した病で皆体内に抗体を持っているから、両親が治療にあたっても感染する心配はないのだとか。
「”救国の旅人”ですね」
父がそこにいた年配の神職に尋ねると、重々しく「女神のご託宣があった」と返事があり即座に両親は頷いたのだ。
”救国の旅人”
女神のご託宣により異世界に送られる人のことを”救国の旅人”と言う。
その昔、女神の祖先が嫁入りをしたこことは違う世界に危機がある時に”救国の旅人”はその役目を背負ってあちらに送り込まれるという。
使命を果たした後はそのまま異世界に残ることも元の世界に帰国することも許されている。
私の両親は異世界で私を出産したため残ることを選んだらしいが、たまに医薬品の補充をするために祖国に戻ったりしている。
その間、私はなぜか留守番なのだ。
詳しく聞いたことはないけれど、”救国の旅人”なのは両親のことだけを指し私は異世界とここを行き来することができないのかもしれない。
「地上でそんな流行り病があったとは聞いたことがないように思いますが」
パメラさんがおずおずと言い出した。
「うん、数人が感染して発症した状態で両親が治療をして周りの人にはワクチンを打ったらしいの。だからパンデミックになる前に流行すらしなかったみたい。私が生まれる前だから30年くらい前の話かしらね。
うちの両親も自分たちのことを異世界の人間だとは公表していないから世間で認知はされていないんじゃないかな」
なるほど、とパメラさんもメイドさんたちも頷いた。
「わたくしたちは知らぬところでも楓さまのお世話になっていたんですね」
パメラさんが真顔で頷いた。
「ううん、私は何もしてないもの。私の両親は”救国の旅人”だけど、私はいたって普通。幼稚園に行って小学校から大学まで普通に進学して就職して」
両親が”救国の旅人”と言っても、私はこちらで生まれた普通の子ども。同じ人間の種族も数多くいるから自分が異世界の人間だと思ったことはなかったし、そもそも両親からちらっと聞いただけの”救国の旅人”なんて言葉も忘れていた。
「もしかしたら”救国の旅人”の子どもは竜王の相手になれないのかしら・・・・」
異世界人だし。
私は突然不安になってきた。
「だ、大丈夫ですよ、きっと。竜王様の番になにか規定があると聞いたことはありません」
パメラさんはそういうけれど私の不安は拭えない。
竜の血が流れていない私は竜王の子どもを産むことができない可能性が高いしその上この世界の人間でもない。そんな私に竜王の王妃になる資格はないのかも。
私の左胸の鱗の上をそっと押さえて乱れそうになる呼吸をととのえる。
フワッとクリフ様の香りが漂ってくる気がして私はふっと息を吐いた。
大丈夫、それでもきっとクリフ様は私を離さないでいてくれる。
クリフ様と私は離れない。
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