1.白いリボンと黒髪少女

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1.白いリボンと黒髪少女

『また…あの時の夢だ…』 ―――――― 公園のすみっこで黒髪ツインテールの女の子が、元気に遊ぶ同年代のグループを見ながら壁にボールを投げて遊んでいる。 その服装はみすぼらしく、いかにも使い古し色褪せした年季の入ったものだった。 「————っつ…いたた…」 ふと、壁から返ってきたボールが、少女の手首にあたる。 少女はあざがあるその手首をさすりながら、ゆっくりと転がっていったボールを取りに歩いた。 うつむいたまま進む少女には、ボールしか見えていない。 と、そのボールを拾う一人の少年がいた。 少女が見上げて見ると、白髪で赤目できちっとした服の、いかにもどこかのぼっちゃんと言わんばかりの雰囲気の少年が立っていた。 公園に面した道路から、執事らしき男性もこちらを見ている。 「このボール、君のだよね?」 「…あ…、…うん…」 「よかったら、一緒に遊ばない?僕…、友達あんまりいなくて…」 「・・・・。・・・・うん・・・いいよ・・・」 「よかった!僕、しらはって言うんだ。白い羽って書いて白羽。本名は白羽・クレーエっていうんだ。君は?」 「…桜川…姫歌…」 「えっと…日本だと…後ろが名前だから…、姫歌って名前だね!よろしくね、姫歌」 「ぼっちゃま、夕日が落ちるまでですよ」 「うん、わかってるよ朴木。いってきます」 白羽は執事である朴木にそう告げると、姫歌と一緒にボールで遊び始めた。 壁にぶつけて交互になげて、ラリーをつなげていく。 ただそれだけの時間だけれど、一人で投げるより何倍も楽しい。 時には蹴ったり、壁を使わずに投げてみたり、いろいろな遊び方をした。 そんな二人を遠くで朴木が見守っている。 毎日飽きないのかと言われるくらい、二人は毎日、夕方ごろになるといつもの公園で待ち合わせ遊んだ。 そんな時間を過ごし、ちょうど2週間くらいたった頃だった。 「姫歌…僕、君にさよならを言わなくちゃいけないんだ…」 「・・・え」 ボールを持った白羽が、残念そうに姫歌に告げた。 突然の別れを告げられた姫歌は、何を言っているのかわからないほど、呆然と立ち尽くしている。 「父さんの会社の都合で、ドイツに帰らなくちゃいけなくて…」 「…うそ…。だって…、だってだって…せっかく…お友達に…なれたのに…」 「ごめんね…出会ったときに話しておくべきだった…」 「私…わたし…、白羽くんしか…お友達…いないの…。また…一人に…なっちゃう…」 姫歌の目から大粒の涙がこぼれた。 言葉が出なくなるほど、ぼろぼろになっている。 「僕も…いないんだ、友達。父さんと一緒に世界中飛び回らなくちゃいけなくて…。だから…姫歌が初めての友達。凄く楽しかった。2週間…だったなんて…、あっという間で…」 「…ぐすっ…うっ…、また…会える…?」 「…すぐには無理かもしれない…。でも、絶対また日本にくるよ。大きくなったら、日本の聖歌騎士の学校に行こうと思ってるんだ。だから、それまで…」 「…っ…!!約束!!…約束だからね…!!絶対…また…一緒に…」 涙で前が見えないほどぐちゃぐちゃになった顔をあげ、姫歌は震えながら小指を差し出した。 日本でよく使う指切りげんまん。 日本であまり過ごしたことのない白羽にとっては、一瞬どうしていいのかわからなかったようだが、執事の朴木が後ろからやってきて声をかける。 「日本では約束ごとをするとき、お互いの小指を組ませて言葉を交わす風習があるのです。ぼっちゃまも、小指をだしてつなげばよろしいのですよ」 「そっか…ごめん、わからなくて。うん…約束だ」 二人の小さな小指が重なり、握り合う。 またいつかきっと、会えますように…と。 「そうだ、これ…姫歌にプレゼント」 白羽はポケットから白色のリボンを取り出す。 二つにわかれているそのリボンを持つと、姫歌の背後へとまわり、後ろに縛ってあるツインテールの髪に縛りはじめた。 「僕も頑張る…だから、姫歌も負けないで。遠く離れても、僕は…姫歌の味方だよ」 「…うん…、…ありがとう…」 涙をぬぐいながら、姫歌と白羽は向かい合った。 「私…今…これしかもってない…。ハンカチ…」 リボンのお礼にと何か渡したかった姫歌だったが、今の自分が渡せるのはこれだけとポケットから薄水色のハンカチを出し、白羽に差し出した。 白羽は嬉しそうにそれを受け取り、姫歌を抱きしめた。 「Danke…、大事にするね」 そんな二人を見守っていた朴木が、申し訳なさそうに声をかける…。 「ぼっちゃま…、そろそろ飛行機のお時間です」 朴木の言葉に、姫歌を抱きしめる白羽の手に力が入る。 一瞬時が止まったように静寂が場を包むと、姫歌の耳元で 「Ich stehe immer zu deiner Seite.」(イッヒ シュテーエ インマー ツー ダイナー ザイテ) そうつぶやいた。 姫歌にとって意味は理解できなかったが、白羽の声がとても優しく包み込んでくれるようで、きっといい言葉なのだろうと感じた。 「またね!!」 そう言って、大きく手を振る。 さようならじゃない、きっとまた会うと、約束したのだから。 だんだんと小さくなっていく白羽の乗った車を見送りながら、姫歌はもらったリボンをぎゅっと握りしめた。 ―――――― 気付いた時には出発する時刻が迫っていた。 「わっ…もうこんな時間!急がなくちゃ」 そう言いながら急いで起き上がり、新しい制服に袖を通す彼女の名前は桜川姫歌、4月から国立聖歌騎士育成学園に通う1年生だ。 学園指定の黒色のブレザーに、灰色の線が入ったチェックのスカート、黒いロングの髪を後ろに縛り、バンズクリップで上げる。 青い瞳で平均的な身長よりも小さめな彼女だが、その身体には発育のいい膨らみも持ち合わせていた。 お気に入りのリボンを前髪に結び、姿鏡で恰好を確認すると気合を入れた。 宿泊先のホテルからチェックアウトを済ませ、街中を走っている路面電車に乗り込む。 今では珍しい路面電車が、ガタンゴトンと言いながら進んでいく。 ここはその昔、陸の孤島と呼ばれていたらしい。 その理由は周りを山に囲まれていて、人が県外へ行き来するのにも苦労するから。 災害が多い日本というこの国で、地震や台風が割と少ないこの地域に国は目をつけた。 人材の育成をする上でここ以上に安定した場所はない。 空気がきれいであることは、学園に通う歌い手達にも大きな影響がある。 もちろん、国がそういった場所を確保するに際し、建造物や人口の増加は避けられない。 その問題を、国は人材育成をする学園の関係者、軍の関係者、もともとその土地に住んでいた人に限定した。 これにより、富山(とみやま)は最適な人口と適切な建物が立ち並び、観光事業も盛んになっていった。 「ついた…ここが最寄…駅…?」 少し不安げに電車を降りる。 駅と言うには簡単な、雨よけしか見当たらない乗り場。 しかし同じ制服の、初々しい雰囲気を放った学生が、保護者同伴で一緒の駅に降り立ったり周りを歩いているのを見れば、ここで間違いはなさそうだ。 姫歌は一人で学園までの道のりを歩いた。 学園に向かう途中ふと何かに気付き足を止めると、大通りから少し入った裏道にベビーブルーでショート髪の同じ制服を着た少女が、周りをキョロキョロと見渡し明らかに困っているようだった。 「あのっ…大丈夫ですか?」
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