1章

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 目の前を突如、視界の隅から顕れた車が横切り――慶吾が、くの字に折れながらブロック塀に潰され消えていく。 「――イヤァアアアッ!……はぁ、はぁ……」  ドクドクという心臓の鼓動に合わせ、視界が揺れる。  ハァハァと荒い息で辺りを見渡すと……ここは、私の部屋? 「ぁ……。そっか、座ったまま寝落ちしちゃったのか……」  冷や汗を腕で拭いながら、自室の床へ座っていることに気が付いた。 「とんでもない悪夢……。慶吾が、潰されていく場面なんて……。慶吾ぉ……」  体育座りしたまま、膝の間に顔を埋める。折角の慶吾の夢なのに、あんな場面なんて……。  他にもっと、夢に見たい思い出はあるのに。あの衝撃の方が上回って、夢に見るのなんて嫌だ。  そうしている間に、段々と目が覚めて状況を理解してくる。  昨夜は警察から解放された後、現実を受けいれられず、自室の床に座りこんでいたのだ。  父は仕事後に呼び出されて疲れていたのか、家に着くなりで眠りについた。 特に父から慰められたり、何があったのかと聞かれることもなかった。  自分は本当に、ここにいるのか。  そんな疑問すら抱く。  そうして自室で呆然としているうちに眠ってしまったんだ。 「学校……行かなきゃ」  慶吾が亡くなった翌日なのに学校なんてとは思うけど、サボることは出来ない。  本当は行きたくないけど、一年生二学期の始業式からサボりなんてしたら、学校から父親に連絡がいくから。  支度をしようと自室を出て――リビング兼、父の寝室を見る。 「……ここ、慶吾が座ってた場所。慶吾がいた部屋……。あんなに狭く感じてたのに、今はすごい大きく感じる……」  部屋には誰もいない。  天井まで届きそうな長身の慶吾も、父も。  狭いはずの部屋が、妙に広く感じるのは、一人ぼっちだからだ。 「……ここで一緒に笑って、ご飯を食べてたのに」  あの時の、楽しい時間がふっと視界に浮かび――消えていく。 「もう、未来では……あんな幸せを二度と感じられないよ。ごめん、ごめんね慶吾……。私が無理にご飯を食べようって引き留めたから。私が、私が慶吾を殺した……」  この部屋にはもう、辛い過去へと変化した思い出が詰まりすぎている。  私は部屋にこれ以上いたくないと、急ぎ学校へ向かう。  慶吾のいない、私を責めてくれる人だけがいる学校へ――。
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