35人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
プロローグ
20×3年、9月3日。
「――二度と私に、吉見家に顔を見せないでっ! あなたさえいなければ、慶吾は死ななかったのよッ!」
「――……ぁッ」
喪服に身を包んだ慶吾の母親に力一杯投げ飛ばされ、私は慶吾の自宅前を転がった。
慶吾の父親らしき人が無言で慶吾の母親を止めなければ、このまま殴られていたかもしれない。むしろ殴られていた方が、私はきっと救われただろう。
「……慶吾、ごめんね。ごめんね……」
いっそのこと、慶吾の両親に殴って欲しかった。
「私が慶吾を殺したから……。みんな、みんなが悲しんでる」
吉見慶吾の葬儀は、家族のみでひっそり執り行われた。私たち生徒も含め、一般参列は一切出来ずに。
自分を助けてくれた恩人にして、最愛の恋人に一度もお礼を言えないまま……。
最愛の恋人を亡くした私は、もう……。幸せを感じて、心が晴れやかになることは、永遠にないだろう。
「慶吾がいない世界じゃ、この先いくら人生が続いても……。何も、楽しみじゃないよ……」
生ぬるいアスファルトの上で、力なく仰向けに倒れる。
天上を覆い尽くす暗雲が目に入った。
「慶吾に告白してもらった日……。五月一日に見た、あの青い空とは、全く違う……」
やがて視界が滲んでくるのと同時に、雨がポツポツと顔に当たる。
「雨、強いな……。何も見えないよ」
ザーザーと振り出した雨が、絶望に覆われる私の心を更に暗く濁らせていく。
淀んだ沼に降り注ぐ豪雨が、沈殿していた泥を巻き上げるように。
軋む身体にググッと力を込め、ゆらりと立ち上がる。スカートの裾がカーテンのように、ゆっくりと揺れた。まるで私は、制服を着たゾンビのようだ。
「慶吾……。私の……私よりも大切な人。必ず、必ずあなたを助けるから……」
〈大切なものが手に入る〉という店を探し、私は再び街を彷徨い始める――。
最初のコメントを投稿しよう!