プロローグ

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 電車に揺られること数十分、港区にある駅に到着。  人波に流されながら外へ出ると、テレビでしか見たことのない都会の街が現れる。  ウルフショートの髪を揺らす風は、地元のそれよりどこか重たい。 「はあ〜! 凄かあ!」  つい大きな声で方言が出てしまった。  これでは田舎者丸出しだ。  慌てて口を押え周りを見渡したが、早足で行き交う人々は意にも介さないようだ。  気を取り直し、先ほどのメールに添付されていた画像を開く。  だが何度見たところで簡素な地図は、遠方から訪ねる人間にとっては誰にも明かす気のない宝の地図のようだ。  とは言えもちろん、この事態だって想定済みだ。  今日の日を指折り数えて待っていたのだから。  地元では必要がなかった、こちらも事前にインストールしておいたマップアプリに住所を入力する。  東京でだってひとりできちんと生きていける、自立した大人になりたい。 「早川(はやかわ)モデルエージェンシー、早川……あ! あった!」  五分ほど歩き、目的の建物を発見出来た。  五階建てのこじんまりとしたビルは、いくつかテナントが入っているようだ。  入り口に書き連ねられた表記の中に、その名はあった。  右も左も分からない夏樹は、はぐれた親と出逢えたかのような安堵感を覚える。  早川モデルエージェンシー。  モデルになりたい、と夢みた夏樹がイチかバチかと写真を送ったら、連絡をくれた神様のような事務所だ。  生まれたばかりの安堵は容易く緊張感へとすり替わり、ぎこちない足取りでエレベーターに乗りこむ。  押したボタンは最上階の五階。  チン、と軽快な音と共に箱を出ると、目の前には真っ白の扉があった。  ステンレスの表札には、確かに“早川モデルエージェンシー”の文字。  ドコドコとうるさいくらいに心拍が一気に上がる。  深呼吸を三度して、駄目押しにもう一度吸いこんで。  ええい、とノックのために振り上げた手は、けれど空に浮いたままとなった。  向こう側から扉が開いたからだ。
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