手は届かない

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「俺も色々悩んだし」 「尊くんも?」 「うん。でもそれも好きだからこそっつうか。苦しいのもセットって感じ?」 「苦しいのもセット……苦しいのもひっくるめて恋、ってこと?」 「だな」  尊には付き合って二年と少しになる彼氏がいること、その彼と一緒に暮らしたくて奮闘していること。  来客が途絶えた店内で、尊はこっそり教えてくれた。  見せてくれたロック画面には猫と一緒に彼氏が映っていて、それを眺める尊は今まで見たこともないような、柔らかな顔をしていた。 「夏樹も叶うといいな」 「うう、ありがとう……でも無理だよ」 「んー……俺はそうは思わないけど」 「へ……それってどういう」  尊の言っている意味が分からず問い返そうとした時、店の電話が鳴り始めた。  尊が応対する間、ショーケースを磨いていようかと夏樹は思ったのだが。  尊の口から柊吾の名前が出てきたことで、手はピタリと止まってしまう。 「椎名さんだった、今日は直帰するらしい」 「そうなんだ。出張だよね」 「うん。来年のカタログの打ち合わせって話だけど、追加で行くところが出来たらしい」 「へえ……カタログって椎名さんが担当してるんだっけ」 「いつもデザインは専門の業者に依頼してるけど、今回のは椎名さんが考えてるっぽい」 「椎名さんすげー」  カタログのデザインまで出来るなんて、と夏樹は感心する。  それだけのセンスが柊吾にあって、naturallyのデザイナーや店長などからも信頼が厚いということだろう。  憧れも恋の熱も増すばかりで、腫れぼったいため息が出る。  退勤まで顔を見られないのは寂しいが、家に帰れば会えるのだから平気だ。  だが今夜だって、夕飯の後にいなくなってしまう可能性はある。  そう思うと胸が詰まり、先ほどの尊の言葉を噛みしめる。  苦しいのも恋をしているから――  尊のように笑える日は、自分には来ないだろうけれど。
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