175人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ
「俺は椎名柊吾。晴人と同い年だ。これからよろしくな」
「…………」
「…………? おーい。聞いてる?」
聞こえている。
何なら、握手を求める手もきちんと見えている。
だが夏樹は、はいよろしくと応えられる心境ではなかった。
髪型などの変化はあるが、ポケットのスマートフォンを取り出して、ロック画面と見比べる必要もない。
夏樹の胸に流れ星のごとく落っこちてきたまばゆい光は、脳裏にまぶたに、心の特等席に焼きついているからだ。
「……え、夢?」
「お、喋った」
「夏樹ー? どした?」
思わず後ずさった体が、ガラスの扉にぶつかった。
だがそんな事は気にしていられず、ぱくぱくと金魚のように開閉する口からようやく言葉を紡ぎ出す。
「オレ……ずっと憧れてて」
「そうなん? 嬉しい~」
「いや、えっと、晴人さんじゃなくて……」
「え、ショック」
「あ……うわあ! すみません! 違うんです晴人さんのことも大好きです! 晴人さんが専属の雑誌、ずっと買いよります!」
「あは、よかった。でもじゃあなに? 憧れって、柊吾が?」
「っ、は、はいぃ……」
「…………? 俺一般人だけど」
「っ、あの、でもあの、雑誌に載ってましたよね! 五年前、の、夏……」
モデルになりたい、と夏樹が強く思ったのは他でもない。
今目の前にいる男――椎名柊吾と名乗ったその人がきっかけだった。
おしゃれに興味が出てきて、初めてメンズファッション雑誌を購入した中学生の夏のことだ。
近場のショッピングセンターでは入手出来そうにない、服やアクセサリーにワクワクしながらページを捲っていた時。
とあるページでその手は止まってしまった。
そこに映るモデルの男性に強く惹かれたからだ。
最初のコメントを投稿しよう!