憧れの人

2/7

175人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ
「俺は椎名(しいな)柊吾(しゅうご)。晴人と同い年だ。これからよろしくな」 「…………」 「…………? おーい。聞いてる?」  聞こえている。  何なら、握手を求める手もきちんと見えている。  だが夏樹は、はいよろしくと応えられる心境ではなかった。  髪型などの変化はあるが、ポケットのスマートフォンを取り出して、ロック画面と見比べる必要もない。  夏樹の胸に流れ星のごとく落っこちてきたまばゆい光は、脳裏にまぶたに、心の特等席に焼きついているからだ。 「……え、夢?」 「お、喋った」 「夏樹ー? どした?」  思わず後ずさった体が、ガラスの扉にぶつかった。  だがそんな事は気にしていられず、ぱくぱくと金魚のように開閉する口からようやく言葉を紡ぎ出す。 「オレ……ずっと憧れてて」 「そうなん? 嬉しい~」 「いや、えっと、晴人さんじゃなくて……」 「え、ショック」 「あ……うわあ! すみません! 違うんです晴人さんのことも大好きです! 晴人さんが専属の雑誌、ずっと買いよります!」 「あは、よかった。でもじゃあなに? 憧れって、柊吾が?」 「っ、は、はいぃ……」 「…………? 俺一般人だけど」 「っ、あの、でもあの、雑誌に載ってましたよね! 五年前、の、夏……」  モデルになりたい、と夏樹が強く思ったのは他でもない。  今目の前にいる男――椎名柊吾と名乗ったその人がきっかけだった。  おしゃれに興味が出てきて、初めてメンズファッション雑誌を購入した中学生の夏のことだ。  近場のショッピングセンターでは入手出来そうにない、服やアクセサリーにワクワクしながらページを捲っていた時。  とあるページでその手は止まってしまった。  そこに映るモデルの男性に強く惹かれたからだ。
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!

175人が本棚に入れています
本棚に追加