手は届かない

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 バーカウンターのようなところに立ち寄り、お洒落なグラスに注がれたジュースを受け取る。  オレンジジュースは柊吾と過ごした苦い朝を思い出してしまうのに。  断るわけにもいかずそれを受け取ると、また美奈は夏樹の腕を引く。 「あの、美奈さんは踊ったりするんですか?」 「ううんー、私はそっちは見る専門。それよりお酒飲んだりするのが好きだよ。ねえ、こっち」 「あっ」  ぐいぐいと引っ張られ続け、奥まった場所にソファが見えた。  そこで座って飲むのだろうか。  もしかするとあそこでなら、話が出来るだろうか。  やっぱり来て正解だったのかもしれない、と気分が持ち直してきた、その時だった。  人にぶつからないようにと上に掲げるように持っていたオレンジジュースが、手首ごと何者かに捉えられる。  何事だと振り返った夏樹は、驚きのあまり息が止まってしまった。  何故ここに柊吾がいるのだろう。 「夏樹」 「え……え、椎名さん!? なんでこんなとこに」 「それは俺のセリフ。はあ、ずっと嫌な予感はしてたんだけどな」 「…………? えっと?」  柊吾が何を言っているのか分からず首を傾げると、もう片手に巻きついていた美奈がまるで抱きつくように夏樹の胸元に顔を寄せてきた。 「夏樹くん、この人は?」 「あー、その」  斜め上からの角度でも、美奈が柊吾に見惚れているのがよく分かる。  そりゃそうだろう、椎名柊吾という男はとびきり格好いいのだから。  鼻高々に感じながら、だがそれ以上に急激な嫉妬を覚える。  柊吾のことを知られたくないという、身勝手な独占欲だ。  どう答えたものかと思っている内に、右手のオレンジジュースが柊吾に奪われてしまった。  そしてそのグラスを柊吾は美奈に押しつけてしまう。 「これ、君が飲んで」 「え? なん……」 「夏樹、出るぞ」 「えっ、椎名さん!? ちょ……あ、美奈さんすみません! じゃあまた!」  柊吾に腕を引かれるままに、夏樹はかろうじて美奈にそう告げた。  呆気に取られている美奈の顔が、踊り続ける若者たちの波間に消える。  せっかく誘ってくれたのに申し訳なく思う、思いはするが、夏樹の頭の中は既に柊吾でいっぱいだった。
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