手は届かない

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 下りてきたばかりの階段を、柊吾と共に駆け上がる。  夜の街の明かりに照らされて、柊吾の襟足の髪はこんな時でも綺麗だ。  見惚れている内に、クラブから少し離れた通りに出て立ち止まる。  乱れた息に肩を揺らしながら、柊吾が苦々しげに口を開いた。  掴まれているままの手首にきゅっと力が込められる。 「夏樹、あんなとこ行っちゃ駄目だ」 「あんなとこ? えっと、クラブが駄目ってことですか?」 「クラブがっつうか……あそこはちょっと特殊なんだよ。ナンパが多いし、遅くなってくるとVIPルームでヤる奴らも出てくる。それに……噂だけど、クスリのやり取りもあるらしい」 「え……」 「白瀬美奈、前からよくあそこで見かけててさ。夏樹が一緒に仕事したって聞いてから注視してたんだけど……あの子は純粋に遊んでるだけだと思う。でもあのクラブに出入りしてるってもし世間にバレたら、いいことはひとつもない」 「全然知らんかった……」  柊吾の話を聞いて、なんて危ない場所に踏みこんでしまったのだろうと肝が冷える。  美奈にそのつもりはなかったとしても、知らず知らずのうちに誰かに酒でも飲まされて、危ない場所に連れこまれたら?  そうでなくとも、柊吾の言う通り万が一撮られたり噂にでもなったら、本当のことを述べたとしたって信じてもらえないだろうことは想像に容易い。 「椎名さん、ありがとうございます。もし巻きこまれたりとかしてたら、オレすげー後悔してました」 「ん、何かある前でよかった」 「…………」  柊吾に連れ出してもらえてよかった。  頭を撫でてくれる優しい手に身を委ね、だが夏樹の胸は晴れはしない。  柊吾は言った、あのクラブでよく美奈を見かけるのだと。  それはつまり、柊吾も頻繁に行っているということだ。  そんな危険な場所に?  大きな不安と、押しこめていたモヤモヤがみるみる膨らんでいく。 「椎名さんは……」 「ん?」 「椎名さんは、あそこによく行くの?」 「あー……うん」 「なんで? 危ない場所なんすよね?」
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