手は届かない

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「そうだけど……知り合いがあそこでDJしてて、よく呼ばれてさ」 「……それって、でも椎名さんだって危ないっすよね?」 「まあ、俺はほら、一般人だからそういう面倒はないし。奥は行かないようにしてるから、平気」 「っ、そやんと関係なかです!」 「……夏樹?」  柊吾にセフレがいると知った時の違和感の正体がやっと分かった。  歪なのだ、周りの人たちにとことん優しいのに、自分自身のことは蔑ろにしているように見える。 「オレ、椎名さんが連れ出してくれてよかったです。でも、そんなところには椎名さんにも行ってほしくない」 「…………」 「っ、オレは熊本から出てきたばっかやけん、まだこの街のことも、店とかも詳しく知らん。だけん、そういう危ないことから椎名さんを守りたくても、オレには何も出来ん……だから、椎名さん自身がもっと椎名さんのこと大事にしてよ!」 「夏樹……」  柊吾への歯がゆさに、甘く鼓動していた手首を振りほどく。  夜が更けても賑やかな街では、大声を張り上げる夏樹に一瞬注目が集まっても、すぐに他のものへと移ろってゆく。  忙しない通りに、夏樹のぐずぐずの鼻音はかき消される。  それでも柊吾はハッとしたように肩を揺らした。  夏樹に手を伸ばしかけ、けれど空を掴んで彷徨う。  何も言葉は返ってこない。  面倒だと思われたのかもしれない。  だが言ったことは夏樹の胸の真実で、取り消したくはなかった。 「オレ、帰ります。椎名さんは?」 「俺は……まだ」 「っす。じゃあ、お先に失礼します。気をつけて帰ってきて下さいね」  自分に何があれば、柊吾を連れ出せたのだろう。  いつも気にかけてもらう側で、優しくしてもらってばかりで、好きで仕方ないのは自分だけで。  だから届かない、何も出来ないのだと思うと悔しくて仕方なかった。  柊吾の隣をすり抜け、人波に溶ける。  いっそ消えてしまいたくなる夜、どこもかしこも煌びやかな街はなんて酷なのだろうと夏樹は思う。
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