手は届かない

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 沈んだ気持ちは体まで重くする。  引きずるように帰宅すると、リビングのソファに晴人の姿があった。  おかえりと出迎えてくれて、夏樹は吸い寄せられるようにソファの下、ラグに腰を下ろす。  今はひとりでいたくなかった。 「夏樹も外で食ってきたんだ?」 「っす。尊くん……naturallyの人とハンバーガー食べてきました。晴人さんは何食べたんすか?」 「俺はねー、寿司」 「高級だ」 「あは、だねー」  晴人は話術に長けていて、いつも楽しい気持ちにさせてくれる。  いくらか心も解けて、だがふと会話が途切れた時。  晴人は静かに夏樹に尋ねる。 「なんかあった?」 「へ……あー、はは、晴人さんには敵わないっすね」 「俺でよかったら聞くよ」  少しボリュームの落ちた晴人の声が心地いい。  甘えてしまいたい欲求に抗えず、夏樹は口を開く。 「……椎名さんとさっき会ったんですけど」 「え、もしかしてあのクラブで?」 「晴人さんもあそこ知ってるんですか?」 「あー、うん、一回だけ行ったことある」 「そうなんすね。オレ、椎名さんにこんなとこ来ちゃ駄目だって言われました。危ないからって。教えてもらえて助かったなって思ったんですけど。オレ、そんなとこには椎名さんにも行ってほしくないです」 「夏樹……」 「……DJに知り合いがいるんだって椎名さん言ってましたけど、それって多分、セフレの人っすよね」  柊吾が危ないところに出入りしている。  それだけでも夏樹にとっては衝撃で、ワガママを言えるのならすぐにでもやめてほしいと思った。  それに加えて、だ。  夜道を歩きながら考えた、度々夜に出掛けていく柊吾の行き先があのクラブだったのなら、そのDJこそがセフレなのではないかと。  危険な場所に呼び寄せる人と、と思うと余計に悲しくなった。 「夏樹、柊吾がセフレに会うの今もイヤ?」 「…………」 「大丈夫。俺しかいないんだし、言っても平気だよ」 「……嫌、です」
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