手は届かない

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 あわあわと慌てる夏樹の頭を、晴人がぽんと撫でる。  顔を上げると、さっきまでのどこかおどけた顔とは打って変わって、真剣な表情がそこにはあった。 「ねえ夏樹」 「……はい」 「これはさ、柊吾が自分で言うまで夏樹の胸に仕舞っておいてほしいんだけど……聞いてくれる? 柊吾の……今までのこと」 「はい」  ありがとう、と言った晴人は、ローテーブルに置いてあったグラスを手に取った。  炭酸水に浮かべてあった氷はすっかり溶けて、大きくなっていた水たまりが晴人の足に滴った。 「俺と柊吾はさ、実家が隣同士だったんだよね。小さい時から一緒に遊んでたし、家も行き来してたわけだけど――」  小学校に上がる前、柊吾の母親が病気で亡くなった。  柊吾は深く落ちこむ日々だったが、それでも父親とふたりで支え合っていた。  柊吾の父は、仕事により一層励むようになった。  家より会社にいる時間が多くなった父に柊吾は寂しそうだったが、父が頑張るのは自分のためだと分かっていたのだろう、と晴人は言う。  父を助けようと家事に励むようになり、みるみる上達していった。  そんな柊吾を晴人の家族は気にかけ、よく夕飯に呼んだり泊まらせたりしていた、とのことだ。 「でもやっぱりさ、寂しいもんは寂しいよな。  それでも柊吾は捻くれたりしなくて、その分、愛ってもんに人一倍憧れるようになった。恋愛ものの映画とかよく見てたし、いつか自分にも最愛の相手が出来るって、信じてたんだと思う。  でも……違った、そんなのまやかしだったって、柊吾は思っちゃったんだよね」  そこまで一気に話して、晴人はふうと息を吐いた。  空になったグラスが気になって、夏樹は立ち上がって冷蔵庫へ向かう。  夏樹が好きだから、と柊吾が切らさないようにしてくれているサイダーを手に戻り、晴人のグラスに注いだ。
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