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「結婚するのは美鈴だよ。私はまだシングル。」
「でも、お弁当なんて作ってるじゃないですか……」
どこまでも弱弱しい長久保の声。
「長久保くんさ。平日の昼間っからこんなとこで油売ってて、だいじょうぶなの? 仕事忙しいんじゃないの?」
まつりが問いかけると、長久保は泣いた。
「いいんです……。僕、きょう、失恋休暇取ったんで……」
失恋休暇! 話に聞いたことこそあれど、本当に取得するやつがいるとは思わなんだ、失恋休暇!
「早瀬川さん、彼氏できたんでしょ。ってことは、結婚じゃないですか。」
長久保の言葉を聞いて、いろんな意味で驚愕する早瀬川まつり。がびーん。
長久保が失恋した相手は、私なのか? それに、厳密に言えば、彼氏はまだできていない。デートの約束が決まっただけだ。そして、彼氏できたイコール結婚って、長久保の恋愛偏差値低すぎないか?
もう一度言う。がびーん。
「でもさ。なんで長久保くんがまつりのデートのこと知ってるの? 最近決まったはなしなのに。」
片手におたまを持った美鈴は、結婚が決まってから、勇ましくなったように見える。
「だって、美鈴さんに電話で相談してるの、偶然聞いちゃって。」
長久保が小声で言う。
「ん? 偶然とな?」
間違いなくあの夜はひとりだったけどな、私、と思っている早瀬川まつり。
「なによ。白状しなさいよ!」
美鈴が迫る。
「僕……しばらく前から、ここに盗聴器しかけてて!」
涙を流しながら立ち上がる長久保に、呆気にとられる早瀬川まつり。
「だって、あなたのことが、好きだから!」
何度だって言う。がびーん、がびーん、がびーん、がびーん……
「あ、もしもし、警察ですか? うちに盗聴器をしかけたという人物が、たったいま逃走しました。捕まえてください。あ、えっと、ここの住所は、練馬区東……」
美鈴が掛けてくれた電話で、あえなく御用となった長久保氏。
しかし警察のひとがどかどかと家にやってきて、遠慮なく洗いざらい探してくれたおかげで、盗聴器は二個みつかったが、うんざりするほど部屋のなかはめちゃくちゃになった。
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