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「ふふっ吐いて少しはスッキリしたかな?」
男が悪戯っぽく笑う。その笑顔を見た瞬間にサッと全身の血の気が引いた。あの時我慢できずに吐いたのか? 駅のホームに? 最悪だ。でも記憶が無い。じゃあどうやってここまで来たんだ?
「あのっ、僕……」
「心配しなくていい。駅のホームには吐いてないよ。汚れたのは君の服だけだ。量もそんなに多くなかった。今洗濯中だよ」
自分の心の内を見透かしているような回答だった。
窓の外を男が指差す。青々とした芝生の上に設置された物干しスタンドには、自分のシャツとスラックス、靴下から下着類までもががきちんと干されていた。
「すいません、迷惑をかけてしまって」
「いや、いいんだ」
謝罪をすぐに男が遮った。
「君を早く見つけることが出来て良かった」
「え?」
驚いた。男は何も困ってなさそうに、肩をすくめた。口が少しへの字になっている。
「桃子から話を聞いていたからね。すぐに分かったよ」
桃子は僕の母の名前だ。だとすると、この人は彼女の知り合いだろうか。混乱する頭が、母親から送られてきたメールの一文を思い出した。
〈弟に頼んだから。〉
「あなたは……」
今度は手で制された。
「俺は佐伯晴臣。君のお母さんの弟だよ。義理のね」
そう言うと、男、いや佐伯晴臣は手を差し出した。
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