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「お待たせしました。このパンについて聞きたいとのことでしたが」
奥から出てきたのは40代くらいの男性だった。少し緊張しながらも疑問をぶつけてみた。
「はい、ここのパンがとても美味しくて。あ、もちろん他の料理もとても美味しいんですけど。このパン、ここで作っているんですか? それともどこかのパン屋さんから買っているんでしょうか」
すると、オーナーは柔らかな笑みを浮かべた。
「新田くんの賭けは成功したようですね。当店では基本パンは他の店から購入しています。基本は近所にあるパン屋から仕入れているんですが、週末だけはこの店のパンをお出ししています。本当は毎日出したいのですが、店が遠いし量も限られていて頻繁には購入できないもので」
そう言って1枚のショップカードを渡された。そこにはTOMO'S brotと書いてあった。この店ってまさか……オーナーの顔を見上げる。
「この店が気になるなら訪ねてみてはいかがですか。ここからだと少し距離があるし通販主体の小さなお店ですが、良いところですよ。……おっと、私はこれ以上のことは話すなと言われておりますので。では、引き続きお楽しみください」
そう言っていなくなってしまった。ショップカードを見た洸太も琴美も行き着いた答えは同じだった。
2日後、ショップカードに書かれた住所を訪ねていた。本当はあの後すぐにでも行きたかったんだけど、目的の店はあのレストランから車で1時間程の山の中ということで気軽に行ける場所ではなかった。
洸太と琴美も誘ってみたけど、邪魔はしたくないからと言われたので1人でやって来た。実際来てみると、近くに民家も少ない自然に囲まれた場所だった。
小さなログハウスみたいな木造の建物に、よく見ないと分からないくらい小さく店の名前が書いてあった。あのショップカードに書かれている店名と同じことを確認する。サイトを見る限り、ネット販売しかしていないとあったが、ドアノブにはOPENの看板が下げられている。
そっとドアを開けると、4畳くらいの狭い店舗が現れた。小さいショーケースも置いてあるけど中は空になっている。
「ごめんなさい、今日は全部売れちゃったんです。札替え忘れてますよね」
奥から出てきた女性を見て心臓の鼓動が早くなるのを感じた。1年ぶりに会うその人は、少し日に焼けてすっかり健康的になっているけど、間違いなくこの1年会いたかったその人だった。
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