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そんな感じでなんとかパン屋を開店させることが出来た。今回は基本店舗販売はしないので、パンを焼く設備とネット販売の仕組みさえ整えれば良かったので以前よりはだいぶ楽だった。
ただ、なんの知名度もない店のパンをネットで売るのは大変だった。でも前の店でお得意さんだったイタリア料理店のオーナーから連絡が来て、またパン屋をやるなら届けてもらうことはできないかと言われたのをきっかけに、少しずつ知名度は広がっていった。
あのお店までは車で1時間くらいかかるから頻繁には届けられないと言ったんだけど、それでもいい、可能な範囲でいいからと言ってくれたのは嬉しかった。私の作っていたパンをまた食べたいという声も僅かながらあったみたいだ。店長は私の店のショップカードをたくさん貰っていってくれて、私のお店の紹介もしてくれていたみたいだった。
あとは農場で知り合った人から紹介を受けて、幼稚園や小学校からも給食用に注文を入れてもらえるようになったし、近所の人たちから余りでもいいから少しだけ店舗販売してほしいとも言ってもらえて、1人でやる分にはそれなりに忙しいと思えるほどになっていた。
ずっと美香のことを支えるために生きてきて、そこから逃げ出した後は1人で生きていこうと思っていたのに、そう思えば思うほどに人の優しさに支えられながら生きているなと改めて再確認させられる。
とは言え普段の生活や店の中は常に1人で過ごしているので、これまでにはない新鮮な生活だった。ドイツではパン屋のオーナーに拾ってもらったし、日本に戻って始めた店は規模的に1人じゃ出来ないのと頻繁に来てくれる人たちもいて常に周囲は賑やかだった。
今は誰とも話をすることがなく黙々とパン作りに集中できる楽しさはあるんだけど、同時に寂しさも感じていた。美味しいパンが出来た喜びも、失敗した悔しさも全部1人で消化しなきゃいけない。私はずっとそれを望んでいたはずなのに、時折寂しさの闇に飲み込まれそうになる瞬間が訪れる。
そんな時は過去の思い出に浸ることで気持ちを立て直していた。昔撮った写真を見返して楽しかった記憶を思い返すことで気持ちを紛らわしていたのだ。だけどそんな私の生活が大きく変わることとなったのは、全く予想していなかった彼との再会がきっかけだった。
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