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「なんで? どうしてこれを晃樹くんが作れるの? 嘘ぉ?」
「最近のインターネットはすごいねー」
「ネットにレシピ載ってる料理じゃないよ! これは」
涼花がポーチドエッグを指差しながら床に座り込んだ。長い髪がほんの少し揺れた。
「百花ちゃんの記憶に頼っただけなんだけどね」
「え、百花の?」
涼花はこの前、彼女と妹で祖母に頼んだと言っていた。それならば一緒に食べた存在として確実なのは彼女の妹である百花ちゃんだった。
幸いなことに僕は百花ちゃんの写真投稿サイト上でフォローしあっている同士だった。そこで僕はダイレクトメールを送り、百花ちゃんがおばあちゃんに作ってもらったというポーチドエッグの情報を聞いたのだ。
試作を繰り返し、大学は違うが同じく都内に住む百花ちゃんにも試食してもらって、「あ、これっぽい」と言われる見た目を作り上げることができた。醤油だけでなく、砂糖、みりんも必要だったらしい。
「いつのまにそんなこと……百花にも先週会ったのにそんなこと言ってなかった」
「そりゃあ涼花を驚かせたかったからさ、百花ちゃんにも内緒にしてもらったんだ」
「にしてもいつの間にか会ってるとか……」
涼花が俯いたまま言った。
「あー……それはごめん」
妹とはいえ、他の女の子と内緒で会っていたことは涼花の気に障ったのかもしれない。そう思ったが涼花は俯いたまま笑い出した。
「別に怒ってない。そんな困った声出さなくていいよ。嬉しいよ」
「あー、よかった。キレられるかと思った」
「私、そこまで心、狭くないよ。百花と男の趣味違うしね。あの子は体育会系じゃないとダメだし」
遠まわしに運動できない自分が否定された気分になった。
「さ、いただいてもいい?」
「もちろん。百花ちゃん監修ではあるけど、涼花の記憶と同じような味だったらいいんだけどな」
「もし違ってたって全然OK。こういうことしてくれる晃樹くん、大好きだよ」
その言葉に僕は思わず顔がにやけてしまったのがわかった。
涼花が来るであろう時間に合わせて作ったポーチドエッグは、少し冷めてしまっていた。肉が固くなってたかなと思ったけれど、ポーチドエッグは少し冷めても甘辛くておいしかった。
「あ、子供の頃に食べたのってこの味だったかも」
と涼花が言った。
「あー、そうだ。うん、おばあちゃん家に行ったら、これ作っておいてあったんだよね。だからちょっと冷めちゃってて……あー、懐かしいなぁ。なんか実家に帰りたくなってきた」
「もうすぐ夏休みだろ? 夏休みになったら帰ってみたらいいんじゃない?」
「そうだねー……、もうすぐ夏休みかー……、晃樹くんも一緒に行く?」
そんなことを言われるとは思っておらず、とまどいのあまり僕は口にほおばったポーチドエッグを飲み込みそうになってむせて咳き込んだ。
「大丈夫?」と言いながら笑う涼花を見ていると喜んでくれているみたいでよかった。
水を口にしながら僕はまだ見たこともない彼女の故郷を僕は思い浮かべていた。
急に夏休みが待ち遠しくなってきた。
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