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「まあ、それよりもだ」
そこでダニエルは足を組み替えた。
「まず、エレンには幸いなことに婚約者がいない」
それはダニエルの言う通りである。なぜかこのような年頃になっても婚約者がいない。だからといってエレオノーラが不格好であるとか、見目が整っていないとか、そういう理由ではない。何しろ兄たちが言うには豊穣の女神のような容姿をしているのだから。
「えっと。それは、変装に支障が出るからという理由で、超病弱な設定にされて、社交界とかそういったものから遠ざけられているせいですよね」
それがエレオノーラに婚約者がいない理由だった。しかも家族ぐるみでそう仕向けている。
そこでニヤリとダニエルが笑んだ。
「そして相手は侯爵家だ。さらに同じ騎士団の人間。さらにさらに第一騎士団の団長という立場にある。むしろ騎士団の幹部だ。今後の任務に支障が出るとも思えない。つまり、断る理由が一つも見つからない」
(ダンお兄さまったら、自分の都合が良いように解釈していないかしら……)
ダニエルの話を聞いているエレオノーラに襲い掛かってくるのは不安しかない。
「いやいや、そこはお断りする理由を考えてくださいよ。むしろ、リガウン団長とお会いするときに、団長の好みでないようなとっても不細工変装をしてがっかりさせた方がよろしいでしょうか。それとなく振られるように」
「あのタイプは見た目では判断しない。むしろより一層責任を取ろうとするだろう。どうあがいても無駄だ。嫌われるのはあきらめろ。むしろ、リガウン団長に好かれるように努力した方がいい」
「えっと、つまり。それはリガウン団長からの求婚を受け入れる大前提ってことですか?」
ダニエルは大きく頷く。
「そうだ。あのリガウン侯爵家と繋がりが持てるという機会を逃すわけにはいかないだろう」
ダニエルはいたって真面目だった。真面目な顔をしてそんなことを言っている。
「可愛い妹を犠牲にしてでも?」
エレオノーラは尋ねる。
「可愛い妹だからこそ、だ。可愛い妹の嫁ぎ先がリガウン侯爵家となると、オレ達が反対する理由は無い」
もう、この兄に期待はできないとエレオノーラは思った。それよりもむしろ『オレ達』と言ったことが気になった。つまりダニエルの他の二人の兄たちも、この話には賛成するだろうということなのだ。いや、きっとそれは兄たちだけではないだろう。もしかしたら、両親も喜んでこの話を受け入れるかもしれない。
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