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「エレオノーラ・フランシア、第零騎士団諜報部潜入班所属。騎士団では『レオン』と名乗っているようです。所属上の性別は、不明。諜報部門としての情報収集能力は非常に優れている、ということで、非常に高い評価を得ているようです。しかし、その任務が特殊である故、常にあちらの騎士団の建物の方に常駐しているわけではないようです。また、入団試験に現れたエレオノーラ嬢ですが、男装して現れ、誰もそれがエレオノーラ嬢本人であったことを見破ることができなかった、というのは第零騎士団だけではなく、騎士団の上層部の間でも伝説となっています。従いまして、第零騎士団の中でも彼女の素顔を知っている者はほとんどいない、という結論に至りました。先日の窃盗団の密売摘発の件ですが、あれもエレオノーラ嬢の潜入調査のおかげであるという報告を受けておりますが、その報告をしたのも諜報部長のダニエル・フランシア、つまりエレオノーラ嬢の兄であり上官であるため、あの摘発任務の功労者でありながらも、あの場にいた誰もが彼女の素顔は見ていない、ということになります」
サニエラの話を聞きながら、ジルベルトは自分の左手をじっと見つめてしまった。ふいに触れてしまったあの感触が、思い出される。彼女は間違いなく女性であり、あの場にいた。
ぐっと、ジエルベルトはその左手を力強く握りしめた。
「つまり、誰もエレオノーラ嬢の素顔を見たことはない、と?」
握りしめた左手を緩めながら、ジルベルトは尋ねた。彼もあそこにいた男装姿の彼女を見たが、素顔を見てはいないことに気付いた。だからサニエラの報告に不審な点はない。
「そのようですね。まあ、任務が特殊であるが故、その素顔を晒さないのでしょう。書類上も性別は不明ですから。我々も、先日の窃盗団摘発で一緒に任務をこなしたはずですが、少なくとも私はエレオノーラ嬢に気付いておりません。実は、本当にあそこにいたのか、と疑っている者の一人です」
だが、ジルベルトはあそこに確かにエレオノーラがいたことを知っている。あの酒場の男性店員に扮していた女性、それがエレオノーラ嬢だった。見た目は間違いなく男性店員。いくつか言葉を交わしたが、声も男性店員であった。
ただ、ぶつかって押し倒してしまったとき、彼女は瞬間的にその表情を変え、「あ」という可愛らしい声を漏らしていた。その瞬間、その声に耳を疑った。また、触れた唇も柔らかかった。きっと、あれが彼女の素なのだろう、とジルベルトは思っている。さらに、おまけで触れてしまった彼女の柔らかな――。
「それで、団長。何のためにエレオノーラ嬢についての調査を命じたのですか?」
サニエラの一言で、ジルベルトは現実へと引き戻された。
「彼女のおかげで、我々第一が窃盗団を捕らえることができたからな。何か礼を、と思ったのだが」
「まあ、間違いなく受け取らないでしょうね」
そこでサニエラは眼鏡を右手の中指で押し上げた。
「報告書はこちらに」
数枚の用紙を、パサリという乾いた音と共に執務席の上に置いた。
「ああ、ありがとう」
「それでは、失礼します」
執務室を出て行こうとするサニエラを見送っているジルベルトからは「エレオノーラ嬢は、花は好きだろうか」という言葉が漏れ出していた。
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