第二章

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 普通であれば耐えられない。なぜ家族にあのときの失態を晒さなければならないのか。  それでもエレオノーラには『仮面』という武器があった。この『仮面』をつけて役になりきれば、自分の恥さえも恥とは思わずに淡々と報告することが可能である。それが彼女の凄さの一つでもあった。  エレオノーラは『調査報告員』という『仮面』をつけた。そして、先日ダニエルに説明した内容と同様のことを淡々と口にした。 「事故ですね」  話を聞いたアルフレドが眼鏡を押し上げながら言う。 「事故だが、リガウン家の子息にとってはただの事故ではないだろう。不幸な事故だ」  父親が嘆いた。 「可哀そうなリガウン子息」  とどめの一発も忘れない父親。 「お父様。そこ、可愛そうなのは私ではないのですか」 『仮面』を取り外したエレオノーラが口にする。 「一応、初めてのちゅーだったのに」  彼女は恥ずかしいのか悔しいのか、両手で顔を覆ってしまった。 「エレン、初めてだったのか」  妹の告白に驚いたダニエルは、思わず腰を浮かしそうになる。 「娼館にも潜入していたから、その辺はお手のものかと思っていたのだが」 「それはそれ、これはこれ。いつか出会える未来の旦那様のために、私は純潔を守っております」  とうとう三人の兄たちは吹き出した。 (そこ、面白いところでもなんでもない)  そんなエレオノーラの心の声は、残念ながら兄たちには届かない。 「すまない。意外だっただけだ」  取り繕うかのようにドミニクが言った。 「いっそのこと、その純潔をリガウン家の子息に捧げてしまったらどうかしら?」  真面目な顔をして、さらっと恐ろしいことを口にしたのは――。 「お母様」 「考えてもみなさい。我が家は、しがない子爵家。その娘と結婚したいと、侯爵家からの申し出ですよ。しかも相手は第一騎士団の団長。願ってもいない話ではないですか。もったいなさすぎて、お釣りがくるくらいのお話です」 「ですが……。仕事が……」 「まったく、そうやって仕事仕事と言っていると、完全に婚期を逃しますよ。ましてあなたは社交界にも参加していない」 「していない、のではなく、できない、の間違いでは?」  エレオノーラは小さく呟いた。
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