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すぐに彼女の後ろ姿は見えなくなった。
「貴殿は諜報部のフランシア部長」
彼女の背を見送った後、ダニエルを認識したジルベルトが口を開いた。
「はっ。第零騎士団諜報部ダニエル・フランシアであります。この度は、我が部下がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」
ダニエルはピシッと気を付けの姿勢をとって、ジルベルトに頭を下げた。金色の髪がサラリと動く。
ダニエルはただの第零騎士団の諜報部長、ジルベルトは第一騎士団の団長。この騎士団の中では、当たり前であるが部長のダニエルよりも団長の方が偉い人に該当する。
「いや。迷惑をかけたのは私のほうだ。ところで、先ほどの女性は?」
ジルベルトはダニエルを見下ろすようにして言った。ダニエルも男性の方ではけしてその身長が特別低いというわけではないのだが、とにかくジルベルトの背が高すぎるのだ。
ダニエルはジルベルトが発した『女性』という言葉に敏感に反応し顔を歪ませた。今回のエレオノーラの任務は、男装したうえでの潜入捜査だ。見た目はどこからどう見ても男性であるはず。第零の仲間にも、エレオノーラが女性であるという事実は隠しているくらいだというのに。だからこそ、この任務に潜入しているのは『レオン』という男性騎士であると伝えていた。
それにも関わらず、なぜ第一騎士団であるジルベルトに彼女が女性と知られてしまったのか、という思いがダニエルの中にあった。エレオノーラの変装が見破られてしまったとも思えない。彼女の変装はいつだって完璧だ。
「失礼ですが、リガウン団長。なぜあれを女性と?」
ダニエルは恐る恐る尋ねた。
「ああ、すまない。触ってしまった」
というジルベルトの答えに「どこに」と問わなくても、触って女性と気づく場所と言えば限られている。ダニエルは思わず吹き出しそうになったが、ここでも至って冷静という名の仮面をかぶる。
「そうでしたか。できればその事実を隠していただきたいのです。あれは私の妹ですが、諜報部の潜入班として所属しております故。本日、あれはこの酒場の男性店員です」
ダニエルも落ち着きを払った声で答えた。
この建物は大きな高級酒場。建物は四階建てであり、一階がきらびやかな光に囲まれている少々賑やかに酒を楽しむところ。二階は個室がいくつか準備してあり、静かに酒を楽しむところ。むしろ、他人に聞かれたくない話をするときに利用されることの方が多い。三階と四階は従業員の休憩所やら宿泊所やら何やらがあるらしい。
ダニエルは、窃盗団が密売をしているという情報を仕入れたため、部下であり妹であるエレオノーラをこの高級酒場に送り込んだ。
エレオノーラを指名したことにも理由がある。何しろ彼女には『変装』という特技があるからだ。特技というよりはむしろ趣味ではないか、と常々思っているダニエルであるのだが、あの妹の変装はとにかく誰も見破ることができない。変装した外見もそうであるが、内面もだ。だからこそ、彼女は第零騎士団諜報部の潜入班としては優秀な人材なのである。
そしてこの酒場に潜入していたエレオノーラが、窃盗団の密売の決行日が本日であると情報を仕入れた。さらにその窃盗団を取り押さえるために、第一騎士団を投入した流れになっている。
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